12月25日 forenoon
翌朝、いつもよりもかなり早い時間にラウが目覚めてみると、眠りに落ち るまで近くに感じていた気配が消えていた。 不思議に思い部屋を見回したところ、どこからか良い匂いがしてきているように感じて。 これはなんだろうと、リビングへの扉を開けると、台所側にあるテーブルの 上にはいつもと少し違う朝食が並んでいた。 「――おはようございます」 扉のあたりからぼんやりとテーブルの上を見ていたところで、台所からレイがひ ょっこりと顔を覗かせる。 その後ろでは、いつもはこの時間眠っているはずのムウが同じように、けれど どこか楽しげにこちらを見つめていて。 「ああ、おはよう」 そうしてラウは、この朝食はレイが作ったものだと知ったのだった。 クリスマスの朝、けれどそろそろお昼どきになろうかという時間、ムウとレイ は連れだって近所のスーパーへと向かっていた。 昼食ではなく、今晩の夕食の 材料を仕入れるために。 昼食前だからか、店は予想以上に混んでいてムウは店に足を踏み入れ店内を見 回すとわずかに顔をしかめた。 いつもムウが買い物に来るのは大抵学校帰りで あるため、土曜日の、ましてやこんな時間には滅多に買い物に来ない。 そのため、混雑する時間など把握しているわけがなく、今日は見事に買い物客の波 に飲みこまれてしまった。 どうしたものかと溜息をつくも、ここまで来てなにも買わずに買えるわけには行 かないし、他で買おうにもこの近所でこれ以上に安い店をムウは知らない。 とりあえず必要最低限のものだけでも手に入れなければ、そう決心してムウは レイに目を向けた。 「レイ、お前も手伝ってくれよな」 この場を手早く切り抜けて脱出するには、手分けをして目的物を手に入れるの が最も効率的であるのだから。 自分に割り当てた商品の最後のひとつを買い物カゴに放りこみ、ムウは小さく溜息をついた。 「よし。これで全部、かな」 広い店内、なにがどこにあるかはある程度把握しているにしても、細々としたもの を探し出すのにはかなり苦労する。商品はいつ来ても必ずそこにあるというわけ ではないからなおさらのことで。 レイにはなるべくわかりやすい一般的な商品を探してくれるよう頼んだのだが大丈 夫だろうか、と少々心配しながらも、ムウは商品を探し終えたらそこで落ち合おう と決めた売り場へと向かった。 レイはムウよりも探す量は少なかったし、商品もわかりやすいものばかりだからムウ よりも早く着くだろうと考え、その売り場にきたらムウが来るまで待っているよう にと云っておいたのだけれど、自分よりもよほど早くそこにいるだろうと思われた レイの姿が見えず、ムウは思わず顔をしかめた。 「……まさかなぁ?」 まさか、レイが店内で迷っているとは思えないのだけれど。 それでも、予想に反してレイはそこにいないのだから、その可能性はありえないわ けではない。むしろ、可能性としてはとても高いことなのかもしれなくて。 通路の隅に買い物カゴを置くと、ムウはレイを探すべく買い物客の流れに反してレ イに割り当てられた商品の集まる売り場へと足を向けた。 目指した売り場を一回りするも、レイの姿が見えることはなかった。 もしかしたら待ち合わせ場所へと向かう道すがら、違う通路へと入ってしまったの かもしれないと考え、ムウは適当な通路へと入り勘の赴くままに進む。 曲がってみたり店を横に突っ切ってみたり同じような場所を回ってみたりと様々な 道を通り、そうして何気なく通路を曲がったときだった。 その向こうに、覚えのある金が隠れたような気がしてムウは目を細めた。 店内であるということも忘れて即座に走り出し、その影を追う。 先の通路の角を曲がった瞬間に、彼がいるだろうと思われる場所に手を伸ばす。 「レイ!?」 ――どこかに消えてしまうかと思われた金は、しかしそこにいた。 突然に腕を掴まれ、胡乱気に顔をしかめて振り返ったのは間違いなくレイで。 そ うして彼もまた、睨みかけた相手がムウであることを認識し、わずかに目を瞠る。 次の瞬間、レイはそれまでムウが知るのとまったく同じ表情となっていたのだけれ ど、その瞳の奥がわずかに揺れていたことを、ムウは見逃しはしなかった。 この広い店内、右も左もわからない中で不安にならないわけがない。 それが初めて 来る場所であればなおさらのことであり、それ以前にレイがこういった場所に慣れて いるとは思いにくく。 「探したぞ。どうした、道に迷ったのか?」 「いえ、品物はすぐに見つかったのですが、その……待っていても、ずっと姿が 見えなかったので……」 迷いがちに発せられた返事に、ムウは内心で舌打ちをする。 レイにではなく、自分自身に対して、だ。 品物の割り当てに関するミスだけではなく、品物を手に入れた後の待ち合わせの ことについてもムウは間違ってしまった。 漠然とした目的をのみ与えられ、ただ待っていることが、レイにとって苦痛でない わけがないのだ。 彼は昨日そうやって輝かしい風景の中ひとり凍えていたのだし、レイをムウたちの 部屋に連れ帰ったあとも、彼はなにかとひとりでいることを避けているように見えていて。 そんなレイが、昨日と同じように知らない場所――たとえそこが特定の空間内である としても――でいつくるかわからない人を待つということに対し、なにを考えたか を予想するのはおそらく難くないだろう。 現にレイは、待っても来ないムウを探す ために知らない場所へと入りこみ、こうして迷ってしまったのだから。 「ごめんな、レイ。ひとりにして」 「……いえ」 レイは首を横に振る。 けれど、その瞳は上げられることはなくて。 慰めるように、あやすように、レイの頭を軽くぽんぽんと叩くとムウは彼の手 を取って歩き出した。 今度こそ離れないようにと、しっかりと手をつないだままで。 |