12月24日 〜PM11:00
夕食を終え、シンクに運びこまれた食器類を洗うため、ムウはひとり台所 に立っていた。 最初はレイが手伝うと云ってきてくれたのだが、流石に他所様 から預けられた少年に手伝いをさせることなどできず――というよりも、元よ りこの家の家事全般はムウの仕事であったために、2人分が3人分になろうと大 した苦ではなかったので、気持ちだけもらっておいて、レイをリビングへと戻してやった。 レイは少々不満そうな顔をしていたけれど、リビングに入るなりいそいそ とソファに座るラウの隣に腰掛けて、今は静かにテレビを見ているようだった。 そんな光景を横目に見つつ、夕食時のことを思い出してムウは皿をすすぎながら 小さく笑みを浮かべた。 ラウとレイはムウの向かい側で隣りあって座っていたのだけれど、彼らはその 髪や瞳の色が似ているからかまるで兄弟のように見えて。 よく似た2人の間には、どこか入りこめない雰囲気があったのだけれど、ここは むしろ目の保養と思ってムウは楽しむことに決めていた。 普段人をほとんど寄せつけないラウが、あんな風に誰かを隣に置くことは ない。ムウでさえかなりの時間をかけて辛抱強く、しかも半ば強引に居続け たそこに、レイはごく自然にいて。 羨ましいとは思ったけれど、あれほどに穏やかな場をつくられては文句をつけ る気も起こらなかったのだ。 そんなことを考えているうちに食器類を片し終え、ムウはラウたちのいるリビ ングへと戻ろうとシンクに背を向けたものの、ふとあることを思い出し足を止めた。 思ったままに冷蔵庫を開けると、記憶どおりのものは変わらずそこにあり、ムウ は満足げに微笑んだ。 リビングには、いつもとあまり変わらない光景が広がっていた。 ラウは既に日課となっている夕食後の読書にいそしんでいる最中で、レイはそ の隣で静かにテレビを見ていた。 2人とも黙ったままでつまらなくないかとは思ったのだけれど、どうやら彼らの 間では沈黙などなんの苦にもならないらしい。 それはそれで良いことだろうと、ムウは床に直接座りこみ、手にしていたトレイ をソファ前のテーブルに置いた。 「レイ、ヨーグルトとプリン、どっちがいい?」 「?」 突然の問いに、レイはきょとんとした顔でムウを見返した。その歳相応の表情が 妙に珍しく思えて、ムウはにっこりと笑うとトレイを示す。 トレイの上には、市販のヨーグルトが2つとプリンが1つ。 「食後のデザート。2種類あるから、どっちでも好きなの選べよ。で、ラウはヨ ーグルトだよな」 「ああ」 蓋を開けてスプーンを添えて差し出すと、ラウは本を膝の上に置きさも当然という ようにヨーグルトを受け取った。 「まだあるから、好きなほう選べよ」 「では……プリンを」 「了解。甘いの好き?」 プリンとスプーンを手渡してやると、レイは両手でしっかりとプリンを持ちこく りと頷いた。 つい癖でラウと同じ様に封を開けて渡してしまったのだけれど、レイは特に気 にする素振りもなく受け取ってくれて、ムウは少しばかり驚いていた。 自分のものを人にいじられるのは苦手そうなタイプに思えたのだけれど、案外 平気な子なのかもしれない。でなければ、ラウに倣っているのかも。そんな ことを考えってしまった自分にムウは苦笑する。 「甘すぎるものは苦手ですが、こういったものなら……」 「そっか。ならよかった」 笑ってムウが残ったひとつのヨーグルトにスプーンを突っ込むと、レイも小 さく微笑んでプリンを口に運ぶ。その横では、ラウが本に視線を落としたまま 黙々とヨーグルトを食べていた。 ムウが何気なくテレビに目を向けると、タイミングよくCMが終わったところ だった。 レイが見ていたテレビ番組は夜のニュース番組で、それまでのお堅 いニュースから一変して、今はクリスマスの特集が始まったようで。 今日の何時にどこでどんなイベントがあっただの、そこでどんなことがあった だのとリポーターはせわしなく語っていた。 画面の中ではきらびやかな風景を背に人々が笑っていた。世はクリスマスイ ヴだと声高に叫んでいるけれど、テレビの中のそれらはまるで別の世界に出 来事のようにも思えて。 「クリスマスねぇ……」 「こういったイベントは、お嫌いですか?」 何気なく呟いた言葉に対し、レイが敏感に反応したことに、思わずムウは目を丸くした。 「いや、そんなことはないけど」 なぜレイはそんなことを気にするのだろうかと思ったけれど、ふいに今日という 日とこの部屋の状況を頭の中で並べてみて気づいた。 確かに、クリスマスツリーもなければ夕食にケーキも食べないでいてイベント好 きという人間はそうはいないだろう。 「――ああ。俺のバイトの関係でな、ケーキなんかは明日の夜ってことにしたんだよ」 ムウはイベントや祝い事ではなにかと気合を入れて準備をする方なのだが、今年のク リスマスイヴは朝からバイトが入っていたためになにかと用意することができず。逆 にクリスマス当日はムウもラウもバイトが休みであるので、特に夕食では腕を振 るおうと考えていたのだけれど。 「それに、今日はなにかとバタバタしてたしな」 「……すみません」 ムウの言葉が、夕刻からのレイに関連するできごとのことを指していると気づ いたのか、レイは申し訳なさそうに視線を下げる。 なんの気なしに発した言葉だったのだけれど、致し方ない状況だったとはいえレイもレイなりに気にしていた ようで、傷つけてしまったかとムウは内心で少々焦るも、極めて明るくレイに笑いかけた。 「なに云ってんの。ちょうど良かったんだぜ?」 いくら豪華な料理を作ろうとも、食べるのがたった2人では作れる量も種類もかなり 限られてしまう。その点、3人いればその分だけ作れる量が増えてより豪勢になる のだからなんの問題もない、とあっさりと云い切るムウに、レイは驚いたように 目を丸くしていた。 「明日は豪華にするからな。覚悟しとけよ」 そう云ってウインクをすると、レイは困ったように苦笑を返した。 その隣では、ラウは相変わらず本を読み続けているようだった。 夜も更け、レイが眠たげにまばたきをし始めたころ、問題になったのはその日のそれ ぞれの寝場所だった。 この家には実はベッドが1つしかない。普段はラウがベッドを使い、ムウはその横 の床に布団を敷いて寝ているのだ。――2人でベッドを使わないこともないのだが、 それはまた別の話として。 そんなことを考えだしたムウの頭の中を覗き見たかのように、ラウはおもむろに寝室の扉を開く とレイを手招いた。 「レイ、君はベッドで寝るといい」 「え、じゃあラウ、俺は?」 レイがベッドを使う、それに異存はないが、そうなると問題はムウとラ ウの寝場所についてで。 しかしこの家においての力関係を見れば、結果は明白ともいえようものだ った。おそらくはラウが布団で、ムウは――。 「お前はこのソファででも眠ればいい」 ……やっぱり。 どんなに不満を叫ぼうとも、ラウの決定が覆ることはない。 それに、まさ かレイやラウをリビングの床やソファで寝かせるわけにはいかないから、な んにしろ結果は最初から見えていたのだけれど。 しかしながら、もう少し自分に対しても気を使ってくれてもいいのではないだろうか。 そんなことを考えながら、ムウは予備の毛布をクローゼットの奥から取り出 してくると、リビングの暖房の温度を上げたのだった。 |