10. I will put by the seeds till spring,when I mean to plant them.



ムウとラウが出逢ってから3つ目の季節が過ぎた。

いつの間にか窓の外で白い光がちらついているように見えて、思わず ラウは手にしていた本を置いてソファから立ち上がった。
朝から寒い寒いとは思っていたが、まさかこんな時間にこんなものが見ら れるなんて、と考えながら窓辺に近付くと、ラウの体温で窓ガラスが白く曇った。
指先でその中をたどると白を削って透明な線が描かれる。その向こうで落ち ていく白に、ラウは目を細めた。
去年までは、寒く冷たいだけでうっとうしいだけだと思っていたもの。暖かい 部屋の中から見上げることしかしなかったそれを、今は少し肌寒い室内から見な がら嬉しいと思うのはなぜなのだろう。
美しいと、一言に云いきれるものではない。
まだ積もりはしないだろうから、明日になれば溶けているだろうし、多少 残ったとしても踏み荒らされて泥まみれになっているはずだ。
一瞬のきらめきをただそのままに受け入れるほどに自分は幼くも純真でも はないけれど、それでも今感じたものは決して悪くはないものだと思う。
ムウに云えば、また意味もなく喜ばれるだけだろうからあえて云ってやる ようなことはしないけれど。
そういえばそのムウはつい先刻買い物に出かけたはずだがそろそろ帰ってく るだろうかと玄関を振り返ったそのとき、同じタイミングで扉が開いた。
玄関 とリビングの奥とでは多少の距離があるというのに、冷たい風が部屋に流れこ みラウはわずかに眉をひそめた。
「ただいまー。なぁラウ、見たか今!」
両手の袋を揺らしながら、ムウは慌てるように部屋に駆けこんできた。しかし 窓辺に立つラウを見て、状況を悟ったように肩を落とす。
「なんだ、もう見てるじゃん」
「……急いで知らせるようなものなのか?」
思わず首を傾げるラウを、ムウは妙に真剣な表情で見返した。
「当たり前だろ。だってなんか嬉しくなるじゃないか。雪が降ってると」
そんな顔をして云うほどのことだろうかとラウは疑問に思うも、これ以上ムウを つついて面倒を招きたくはないと口を閉ざした。
そうして再び窓の外に視線を移す。
降り続ける雪は、気づけば先刻より勢いを増しているように見えた。もしこのまま 明日まで降り続けば、最初の予想以上に積もっているかもしれない。
朝早くに起きて、踏み荒らされる直前の一面に広がる白を見るのも悪くない、そう 思いながらラウはカーテンを閉めた。
部屋の中を振り返ると、いつの間にかムウは台所に移動していたようで、ごそごそと 購入した商品を冷蔵庫や棚に入れている音が聞こえた。
「ラウ。今日寒いし、鍋にでもするか」
ちょうど白菜買ってきたとこなんだよな、と楽しげに話しているところをみると 、どうやらラウの意志はどうあれムウの中でそれは決定事項になっているようだった。
どうぜ拒否権はないのだろう、とは思ったものの、冷えこむ日に熱い鍋を2人で 囲むのも悪くはないだろうとカーテンの向こうを見やる。
「そうだな、悪くない」
窓の外では、雪が静かに降り続けていた。


出逢ったのは桜の季節だった。
いつの間にかに夏が終わり、肌寒い季節を迎えていて。
寒いはずの冬を、こうしてあたたかく過ごせているのはなにも設備のせいじゃない。
そう思うのはきっと、間違いではないのだろう。
冬が過ぎれば、春が来る。
そうやって季節は巡ってくるし、時は確かに過ぎ行くもので。
次の季節を考え、ラウは知らず手を握りしめた。
このあたたかさがいつまで続くのか、それは定かではないけれど、それでも自分 たちの望むものはきっと変わらないだろう。
春が来ても、夏が秋が冬が同じように訪れたとしても。
この想いがここにこうしてあるのなら、前を見て進んで行くことも不可能ではない。
今はまだ、想いの欠片を胸に抱き、目の前にある些細な幸せを存分に楽しむこととしよう。
忘れることのないように。
いつまでも、きっと――。





I will put by the seeds till spring,when I mean to plant them.

私はこの種を春まで取っておいて、春になったら植える事にしよう





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