たなばた ちらちらと空に広がる小さな星も、たくさん集まれば大きな川のように見えることもある。 そんな夜空を渡る大きな川を挟んで、恋しそうに輝く2つの星もまた、その先に見えることがあって。 「ラウ、見えるか」 「ん」 窓辺に座り、ラウをその小さな背中から抱きしめるようにしながらムウは空を指す。 「あれが天の川。で、あっちのが彦星で、こっちが織姫」 「……ムウ ちがう」 「え?」 「あれはアルタイルで こっちはベガ。アルタイルはワシざのしゅざで ベガは――」 「お前、そんなのどこで覚えたんだ?」 つらつらと語りだすラウに、ムウは目を丸くした。 せっかくの説明を中断され、不満そうにラウはムウをちらりと見る。 「テレビでみた」 「あぁ、テレビね……」 そういえばイベントごとになるとテレビや新聞などではなにかと特集が組まれている。 ごく普通のニュース番組を見ているだけであっても、こういった話題にはこと欠かないわけだ、とムウはラウの行動パターンを思い出しながら納得していた。 「じゃあラウ、あの2つの星にまつわる物語はもう知ってるな?」 こくり、とラウは頷く。 「なぁ、ラウだったらどうする? もしも好きな人と、1年に1度しか会えなかったら」 「すきなひと……」 ぽつりと呟くラウに、ムウはさらにわかりやすいようにと説明を加える。 「そう。ラウが1番に好きな人だ。もしその人と――」 「でも いる」 「え?」 「いる から。 もしも は いらない」 空に目を向け、ラウはきゅっとムウの服の袖をつかんだ。 ムウの方はといえば、ラウの発言の意味がわからず戸惑うばかりで。 けれどムウは、ふと思い出した。 いつかラウに、『すき』とは何かと訊かれたときのこと。 そうして、『ラウはムウがすき』だと確認するように呟いたラウの姿を。 「ぁ……」 きっとラウは、ムウの問いに対しこう答えたのだ。 好きな人――ムウはここにいるから、仮定は無意味だ、と。 「ムウは?」 それまで空を見上げていたラウが、身体ごとムウの方を向く。 ラウの目は真っ直ぐだった。 何かを求めるでも期待するでもなく、ただ事実とその奥の真実とを見つめようとしているように。 自らのものより若干淡い色合いの青を見つめ返し、ムウは微笑んだ。 「俺もそうだよ。ラウと同じ。ずっと一緒だから、『もしも』はいらないな」 ふわり、と上体に軽い衝撃がかかり、けれどムウはそれをなんなく受けとめた。 ムウは知っている。 感情をあまり表に出さないラウの、これが精一杯の愛情表現だということを。 腕の中の柔らかな愛しい子を抱きしめ、ムウは夜空に輝く2つの星を見上げてからゆっくりと目を閉じた。 七夕の夜はラウの部屋で2人で星を見る。 そう決めているわけではないが、ムウはいつの間にかラウの部屋にいた。 そして、ラウもそれを拒もうとはしなかった。 窓辺に寄りかかり、今年も2人は星空を見上げていた。 「織姫と彦星ってさ、1年に1度しか会えないんだってな」 「……自業自得だろう」 思ったとおりに憮然として呟くラウに、ムウは軽く笑う。 「それはそうだけどさ。……でもオレは、やっぱイヤだなぁ」 今年もよく晴れた空には、帯状に集まる星の流れと、それを挟んで輝く2つの光。 「だって、好きなのに1年に1回しか会えないんだろ? 会いたいのに会えないし、もしかしたら会わない間にどっか別の誰かのこと好きになるかもしれないし……。やっぱり、イヤだ」 とうさんやかあさん、学校の友達たち、それにラウ。 みんな大好きなのに、それまで毎日会ってた誰かと年に一度しか会えなくなるのはイヤだ。 考えて、自然と険しくなるムウの顔を横目に眺めてラウは呟く。 「先のことなんて、誰にもわからない」 「え?」 「どんなに時が経とうと、そのときの想いは永遠になる。いつか想いが変わろうと、互いの想いが確かであったのならば受け入れられる」 「……えー……っと?」 言葉の内容よりも、珍しいラウの長文の台詞にまずムウは驚いていた。 けれどほんの少しして、ラウの云ったことがやっと半分くらいわかってにっこりと笑顔を浮かべた。 「そうだな。みんなちゃんと大好きだもんな」 ラウの表情は変わらない。 ただ何事もなく夜空を見上げて、けれど何もないように見えてその実自分よりも数倍の物事をラウが考えていることをムウは知っている。 「な、ラウ。短冊になんて書いた?」 とうさんが用意してくれた笹に、ムウとラウで作った飾りをつけて、かあさんが切ってくれた短冊にみんなで願い事を書いた。 ムウとラウの家では、他の人の短冊は見ないと決めていた。 誰かのを見たり誰かに見られたりすると願いが叶わないらしいから。 だから、面と向かって聞かないと願い事はわからない。 「……」 「秘密? じゃあ俺も教えなーい」 誰もそんなことは聞いてない、と密かにラウが呟くのが聞こえたような気がしたが、ムウは聞かないフリをした。 願いは、いつだってただひとつ。 いつまでも、みんな、一緒に――。 「…………なんだその目は」 「いや、他の連中は幸せそうでいいなぁと思ってさ」 「だからどうした」 「お前、小さいと普通に可愛いのな」 「……」 「今も充分可愛いけどさ。やっぱ素直さが違うっていうか。 ――って、ちょ、おいっ、どこ行くんだよラウ!」 「ふん、慰めてほしいのなら上の小さいのに頼めばよかろう」 「妬いてんの?」 「ただし、あちらも先着順らしいがな」 「……え、ちょっとマジかよ!? ひとりにするなよ、待てってラウ〜!」 |