それから数年後、ギルバートは研究の合間にふとあの少年のことを思 い出し、衝動のままに彼の消息を追った。
彼の存在は研究所外では極秘扱いだったために追うのは難しいかと思われたが、予 想よりあっさりと彼のその後は判明した。
ギルバートと出会ってからしばらくして、彼はオリジナルである依頼主に引き取られ 地球に降り立ったのだという。けれどその直後、依頼主の家の火事により依頼 主は死亡、少年もまた消息を絶った。焼けた館の跡から彼の遺体は見つからなかった が、研究者たちの間では火事に巻き込まれ依頼主と共に死亡したのだという見方 が有力なのだという。
報告書を読み終え、けれどギルバートはそれを信じようとはしなかった。
暗く 虚ろでありながらも強い光を瞳に湛えていたあの少年が大人しく死ぬはずは ないと、そう密かに考えていた。
なぜか、そのような確信があった。


さらに数年たったある日、ギルバートは秘密厳守という条件で研究者の友人によりとある人物 と引き合わせられた。
その青年は淡い金の髪と透き通るような蒼い瞳をもっていた。硬質の美貌に 目を奪われながらも、ギルバートは彼に忘れかけていた誰かを重ねざるをえなかった。
そうして、彼は微笑んだ。
「初めまして、ミスターデュランダル?」
いつか見た冷たい瞳、そして完璧なまでの微笑み。
そこから彼の感情が読めるはずもないというのに、ギルバートは彼 に自分と近いものを感じ、いつかのように右手を差し出した。




かつては自らの存在そのものを隠すような仮面で彼の姿は覆われていた が、今はその仮面がない代わりに彼は自らを物理的に隠す仮面を身につ けている。
契約にのみ結ばれた相手ではあったが、彼とギルバートはたくさんのことを語 りあった。彼は年下ながら、常にギルバートの一段上にいた。彼はギルバート を否定し、ときに肯定しながらも、やはり変わらぬ笑みを浮かべていた。
ギルバートは彼を友と呼んだが、彼は薄く笑うばかりで決してそう認めようと はしなかった。彼とギルバートは友であり、同志であり、共犯者であった。
しかし今、ギルバートの傍らには彼ではなく、彼から授けられたひとりの子 どもがいる。
初めて出逢ったころの彼とそう変わらない年齢であるというのに、ひたすら に純粋で無垢な子どもは、最初こそギルバートを警戒していたようだっ たけれど。
「レイ」
その名を呼ぶと、小さな子どもははにかむような笑みを浮かべてギルバート の隣にと駆け寄ってくる。その姿は、同年代の子どもとさほども変わると ころがなかった。
けれどレイもまた、他の子どもとは全く違う存在だった。
ナチュラルとは遺伝子操作を受けず自然状態で生まれた人間のことを指すが、病気 や疾患を除くための遺伝子治療のみを施された人間もまた、一般的にはコーディ ネイターとはされずにナチュラルと認識される。コーディネイターとは、自然状態ではそ の人物が持ち得ないはずの能力を 人為的に引き出すための遺伝子操作を施された人間のことををいうのだから。
それゆえクローンは、厳密にはナチュラルにもコーディネイターにも分類されることがな い。そしてさらに、クローンでありながらその欠陥を補うための遺伝子操作を 施されたために、単純にクローンともいえないものも生み出された。
ナチュラルでもない、コーディネイターでもない、クローンでもない、この世 でただひとりの、かけがえのない存在――それが、レイだ。
けれどレイは、人のあたたかさを知っている。優しさを受け、優しさに応え、優し さを与える術を知っている。
同じようでありながら、レイは彼とは全く違う人生を歩んでいくのだ ろう。それを彼が望んでいたのか否かは、やはりギルバートにはわからない のだけれど。



しかし、ギルバートは知っている。
ヒトの世の闇の暗さと、その罪深さを。ヒトの欲望によって生み出さ れたたくさんの存在と、その末路とを、ギルバートは自身の目で見続け てきたのだから。
誰が悪いというわけではない。誰にも罪はなく、しかし誰もが罪を背 負っているこの世界において、ヒトを裁けるものなどいるはずもなかった。
――そう、ただひとり、生れ落ちたその瞬間からその身に罪を、罰を与えられ ることとなった彼を除いては。人にはないものを持ちながら、人にあるべき 全てを奪われ、そうでありながらも人の望む全てを手に入れた彼だからこそ、世界 を誰よりも遠く近い位置から見ることができるのだ。
世界を破滅に導くのは彼ではない。ヒトがヒトであるからこそ、世界はどれ ほどの時間をかけても変わることがないのだから。
自らが育てた闇に喰われてヒトは滅ぶ。それを知る者は決して多くはないが、けれど それは確かにありえるだろう必然の未来なのだ。
近い未来にやってくる戦乱の世を思い、ギルバートは目を閉じると小さく微笑んだ。