眩しい人


 いつだってそこにいた。例え離れていたとしても、そこにいると信じて いた。けれどそれは、誰にも云えない。云えるはずもない。信じれば信じる だけ、自分が惨めでくだらない人間なのだと認めることになる。
 だから、自分自身がそれを知ったのさえもほんの最近のことであるなど と、云えば一体誰が信じるだろうか。

「ラウ」

 名を呼ばれ、振り返れば笑う。

「……どうした、ムウ」

 名を呼べば、笑う。
 結局ラウがどうしようと彼が意味もなく笑うことはわかりきっていたから、ラウは 今さら彼のすることにどうこう云うことも思うこともやめていた。
 それがなぜか、彼をなお一層喜ばせているらしいということもわかってはいたけれど。

「んー。呼んでみただけ」

 なら呼ぶな、と一瞥してラウは手元の本に視線を戻した。
 向こう側のソファに寝転がっていたらしいムウがくつくつと笑うのは認識できた が、それを注意してやるようなことはない。
 本を読む時間、そして仕事をしている時間の静寂を破られることを、ラウはひどく嫌う。
 ムウもそれはわかっているだろうに、どうしてか彼はあえてラウの静寂を 壊すようなことをする。それはあくまで何気なく、邪気のないふうを装ってはいる けれど、しかし決して意図がないわけではないということをラウは知っていた。

「ラーウ」

 楽しげなその声は、いつか笑い出すのではないかという色を持っていた。
 だからこそラウは今度は無視を決めこみ、活字を追うことをやめなかった。それは 当然のことだろうと、ムウも経験から知っていただろうと思うのに。

「ラウ」
「……なんだ」

 三度と上がる声に、ラウはそれでも視線を交えさせることなく声だけで応えてみせた。
 ムウが、笑みを引く。それは目で認識せずともラウにはわかる、ムウに対してのみ 働く感覚のようなものだった。
 ムウは、ただラウを見る。その気配は痛いほど伝わってくる。
 けれどムウは知ることがないだろう。ムウのそれは、ラウには痛いほどに、熱い。

「愛してるよ、ラウ」

 答えれば、ムウは笑うだろう。
 答えずとも、ムウは笑うだろう。

 その笑みはラウの持ちえないものだ。
 それがラウにとっていかに遠く儚く、そして眩いものかなど、ムウが 知ることはないだろう。ラウがそうと伝えない限りは、きっとムウは知らないままだ。
 それでも構わないと、ラウは思う。それでこそなのだとも、思う。
 ゆえにラウはムウを求め、ムウはラウの傍にいることを望むのだから。

「ムウ、」

 応えれば、ムウは笑うだろう。
 それを知っているからこそ、ラウは再び顔を上げた。