sweet my home


俺の名はレイ。歳は今年で13歳になる。
俺は今日付けで、家族とこの街に引っ越してきた。
家族――そう、家族だ。俺には兄弟がいないから、家族といえばもちろん両親のこ とになる。
しかし俺は、2人のことはとても好きだが彼らを両親と呼ぶのには少々の抵抗があった。
なぜなら、

「ほぅ、お前が見立てたにしては良い家だな」
「だろ? データベース流し見てたらビビッと来てさ」
「……勘か」
「俺たちにの勘に勝るものはないだろっての。まぁ街の方も思った以上にいい感 じだし? 俺はここ、気に入ったよ」
「そうだな、私が妻だと名乗ってもあっさりと歓迎したような純朴な人間ばか りのようだ。……なにか裏があると勘ぐりたくなるほどにな」
「その辺はおいおいわかるだろ、今はほら、家族水入らずで引っ越し祝いをしようぜ」

――そう、俺の両親は2人とも男なのだ。
この家を探し出し手続きや準備一切を取り仕切った父がムウで、ムウの伴侶で ある母の名をラウという。
もちろん、どちらかが実は女だなんて事実はない。2人とも生まれながらの、れっきと した男なのだ。
俺たちは三人とも似たような顔をしていて、というか事実ラウと俺の顔は、自分で いうのもなんだが生き写 しのようにそっくりなのだから、年齢的な問題も含め親子よりも兄弟の方が通り がいいのではないかと何度も訴えたものの、2人から返るのは却下の言葉ばかりで。

「レイ、引っ越しソバだそうだ」
「あ、はい」
「いいソバもらったからな、旨いぞ〜」

呼ばれて俺が4人がけのテーブルの、ラウの隣に座ると、トレイにドンブリを3つの せたムウが俺の前に座る。
向かい合わせの4人がけの席に座るときは、なぜかいつも大抵この形になる。ムウと ラウが互いに隣同士や正面だったりすると、なぜか必ずどちらかがなにかをしかけ てひと騒動おきるのだ。手が届く範囲内だったり、目の前に姿があること自体が原因 なのだという。
俺としては、うるさすぎず和やかな食卓を囲めればそれで充分なので、結果と してこの場所に落ち着いたことに不満はない。
ただ、隣と正面に必ず2人がいると、一番構われるのが俺となってしまうところが 少しばかりあれなのだけれど。

ムウとラウは、息子(実際は少し違うが)の俺が見てもラブラブだと思う。ツーカーとで もいうべきか。
人好きのする性格のムウと、あまり人を寄せ付けないラウであるのに、2人が並 ぶと凸凹のようでいて存外しっくりきてしまうのが不思議だった。口ではなん といっても、2人の間には他人が割り込めない雰囲気がある。
……もっとも、ムウに云わせてみればラウと俺の間にもそれとは違う「割り込 めない雰囲気」があるのだというけれど。

「どしたよ、ラウ。変な顔して。旨いだろ?」
「味は悪くない。……が、私はやはりソバよりもウドンの方が好きだな」
「そうか? 俺はどっちも好きだけど、でもソバって元が草だから色々楽しめるしなぁ」
「というか、正直な話、飽きる」
「ウドンだって飽きるじゃん」
「それがないからウドンが好きだと云っているのだろう」

今まで試してきた中で一番平和な座席の並びではあるけれど、2人の口喧嘩にもな らない軽い云い合いはしょっちゅうのことだからあまり気にはならなかった。
外では多少猫をかぶって(?)微笑を絶やさないラウだが、家に帰るとほとんど 笑わない。俺にはそれなりに笑ってくれるけれど、ムウに対しては大抵が冷 笑か失笑だった。
けれど、外でいい妻を演じているラウよりも、俺はこんな風に自分らしく振舞って いるラウの方が好きだと思う。
だってどっちもラウなのだから、やっぱりラウらしくあるラウの方がいい。

――と、そんなことを考えていたら、今日俺たちを出迎えてくれた人たちの中に いた、同年代の少年の言葉を思い出した。
この地域の少し偉い人や近所の人たちが集まった中。ムウとラウが夫婦だと 知って、みんな最初こそ驚いていたけれどあまりにあっさりと受け入れてくれ て逆に俺たちが拍子抜けしていたときのことだ。
同年代の気安さからか、ついその疑問を零してしまった俺に彼はなんでもないこ とのようにさらりと応えてくれたのだ。

『え、だってラウさん美人だし』
『は?』
『美人だったらなにしたって許されるだろ? 男とか女とか関係なしにさ』

確かにラウは綺麗だと俺でも(同じ顔の俺だとしても)思うけれど。しかし美 人ならばなにをしても許されるというそのわかりやすい構図はどうなのだ ろう。世の中には、顔だけ綺麗な人間とてごまんといるというのに。
俺の顔にわりきれない考えでも書いてあったのだろうか、少年は俺の様子を 見て軽く笑い、首を傾げてラウをみやる。

『それにどんなに綺麗だって、性格ブスは顔に出るんだよ』

そんなものだろうか、と思ったけれど、彼があんまりあっさりとそう云って笑 うものだから、そうかもしれないと俺は頷いた。
我が家の中でも、ある意味ではラウはなにをしても許される。というよりも、俺 は大抵反対しないし、多少無理な要求でムウが反対したとしても、ラウが本気で 迫ればムウは結果的にはあっさり落ちる。
なんだかなあ、と思うこともしばしばではあるけれど、それでも2人が幸せそ うなので俺は全く構わなかった。

幸せ……。
そう、俺たちが幸せと思うのなら、きっとどんなことだって大丈夫なんだ。

「……イ、レイ?」
「――っ、はい?」
「なんかぼーっとしてたみたいだけど、大丈夫か?」
「いえ、すみません。大丈夫です。なにか?」
「レイはソバとウドンどっちが好きかって訊いたんだけど」
「俺は……」

こうしてなんでもない会話をしてなんでもない一日を過ごすことがどれだけ大切な ことか、俺たちは知ってる。
例えばウドンにしてもソバにしても、幼少の頃の俺は知らなかった。
もしかしたら食べたことはあったのかもしれない。けれどその美味しさを知るよう になったのは、こんな風になんでもない一日を普通に過ごせるようになってからで はなかったか。

「ソバもウドンも、俺は好きです」

だってどちらも美味しいと思う。どちらを食べても幸せだと思う。
一緒に食べるのが、ムウとラウであるのなら、それはなおさらのことで。

「そっかー」とムウが残念そうに呟くと、ラウはその様子に呆れたように言葉を返 した。2人の軽口の応酬が再び始まる。
俺は彼らの間でそれを聞くだけだった。
口を挟むことはあまりないけれど、2人の間に当然のようにいられることは俺 だけに許されたことなのだと知っているから、その事実だけでも俺は幸せなのだと思えた。

「そういえば明日はどうする?」
「どうするもなにも、荷物を片付けなければ身動きが取れないだろう」
「そうだけどさ、折角新しい街なんだし色々見て回りたいと思わねぇ?」
「面倒くさい」
「……お前ね」

目の前でとりとめもなく言葉を交わす2人は、いつだって楽しそうに見 える。つまるところラブラブで、俺はそんな2人を見ているのが好きだった。

これからの毎日もこんな風に続けばいいと、心からそう願う。
なにかが変わっても、なにも変わらなくても、こうして穏やかな日々を2人 と共に過ごしていけることは、俺にとってはなによりも代え難い光であるこ とを、今の俺は知っているから。

相変わらずの会話をする2人を横目に密かに微笑んで、俺は箸を置きそっと手を合わせた。