再会 (1巻2話)
ザフトの施設内、シンとアスランを迎えたのはタリア・グラディスという白衣を着 た女性だった。 聡明そうなその女性は優しげな表情をシンに見せていたけれど、ほんの一瞬 だけ、見定めるような視線をシンに送ったことを、シンは見逃さなかった。 タリアはシンを「サードチルドレン」と呼んだけれど、シンにはその意味などわ かろうはずもない。 父に会わせる前に見せたいものがある、とタリアに促され、シンは施設のさらに 奥へと連れて行かれた。 そこには建物の内部だというのに、大きなプールのようなものがあった。 なぜこんなところに水が、そう疑問に思いながらも、タリアがその場の照明のス イッチを入れたとき、シンは大きく目を見開いた。 シンたちの前に現れた、その巨大なものには見覚えがあった。先刻、シンたちを 助けてくれたロボットだった。 けれどタリアは云う。 これはロボットなどではなく、使徒を倒すために作られた汎用決戦兵器なのだ と。そしてこれこそが、人類の切り札であり、これがその初号機なのだと。 巨大なそれを、シンは呆然と見上げることしかできなかった。 こんなに大きなものを、こんなに得体の知れないものを、父は造っていたとい うのか。これまで、ずっと。 「これも、父の仕事ですか」 「――そうだ」 突然に響いた覚えのある声に、シンは顔を上げる。 初号機と呼ばれたその兵器のはるかに上、高い天井よりも下にある、突き出 たデッキのような場所に、彼はいた。 「久し振りだな」 「――っ、ギルバート・デュランダル!」 「父さん、とは呼んでくれないのかね、シン?」 「誰があんたのことなんかっ!」 シンと同じ真っ黒な、けれどシンとは異なり波打った長い髪を背に流し、ギ ルバート・デュランダルはそこにいた。 いつものように、感情の見えない微笑みを浮かべて。 「シン、これから私の云うことをよく聞きなさい」 ギルバートはシンを見つめて微笑んでいたけれど、シンにはこの笑顔にも見覚 えがあった。これは、こちらを見ているようでまったく見ていない目だ。 ――この目は嫌だ。そう思うのに、シンはギルバートから目を逸らせなかった。 そうして、さらに彼が続けて告げた言葉にシンは大きく目を見開いた。 「これにはお前が乗りなさい。そして、使徒と戦うのだよ」 「なっ……!」 「待ってください司令!」 シンが言葉を発するより先に、慌てたようにアスランが一歩前に出る。 「レイでさえ、シンクロするのに7ヶ月かかったことをお忘れですか!? それ を、今日来たこの子が乗るなんて、とてもじゃないけど無理です!」 それ以降のことは、よく覚えていない。 なぜ、と思うより先に目の前のことはどんどん先に進んでいて。 嫌だ、と思った。 こんなわけのわからないものに乗るなんて嫌だ。戦うなんて冗談じゃない。あ の怪物だって、一体なにかなんてまったくわからないというのに。 そんなことができるわけがない、そう口にしたけれど、ギルバートの言葉は冷 たくシンに突き刺さる。 嫌だと云うのに、出撃しろと云う。 こんなもののために自分を呼んだというのか。こんなものに乗って戦わせる ためだけに、自分を母の親戚の一家から引き離したというのか。今まで散々 利用し、そのくせ構いもせずに放っていたというのに、シンが新しい家の中 での幸せを築きかけた今になって、虫がよすぎる話だ。 「お前がやらなければ人類全てが死滅してしまうことになるのだよ? 人類の 滅亡が、お前の肩にかかっている」 「嫌だ! ――なんて云われようと、絶対に嫌だ!」 心臓がうるさいほどに鳴っている。 その場に居合わせた人々の視線が自分に集まっているのはわかっていた が、それでも云わずにはいられなかった。 「――そうか。わかった」 ギルバートは変わらぬ調子でそう云った。彼はきっと、未だ薄く笑みを浮 かべているのだろう。そしてその瞳は、冷たくシンを見下ろしているのだろう。 「お前など必要ない。帰りなさい」 わかっていた。拒絶すれば切り捨てられるということは。 だって何年も前からずっと、この人はこちらなんて見ていなかったのだから。 息子であるシンも、妻である母でさえも。 「人類の存亡を賭けた戦いに、臆病者は無意味だ」 ――臆病者? 一体なにを云っているのだろう、彼は。 理由も語らずに呼び出されて、なにもわからぬまま妙なロボットに乗れと云 われて。これで云われるままに頷く方がどうかしている。 シンが悪いわけではない。今まで自分たちを放っておいたくせに、なぜ今にな ってこんなことを云われなければならないのだ。 思うことはあれど、シンはなにひとつとして口にすることができなかった。 怒りか失望か、ただ赤黒いものが頭の中を渦巻いていて、なにを、なにから口に したらいいのかわからなかった。 シンの思考を知ってか知らずか、その様子をギルバートは見つめていた。なに かを云おうとしてわずかに口を開きかけるも、すぐに興味を失ったように視線を 外して傍らにあるパネルに触れた。画面には、彼の片腕とも言える壮年の男が映る。 「アデス、レイを起こせ!」 アデスと呼ばれたその男は、生真面目そうな顔をわずかに歪めていた。 『使えるのですか?』 「死んでいるわけではない。こちらによこしてくれ」 途端に、その場の空気が動き出した。タリアはシンに背を向け颯爽と歩き 出し、周囲に命令を下していく。 「もういちど初号機のシステムをレイに書き換えて! 再起動よ!」 それまで自分たちに集まっていた視線が即座に散っていくのがわかり、シンは唇をかみ締めた。 口から出かけていた言葉たちが行き場を失い、身体の中を駆けめぐる。視界がぐらついて いて、自分がなにをしているのかわからなくなった。 なにをしに自分はここに来たのだろう。こんな話をしたかったわけ じゃない、こんな怒りを、屈辱を、悔しさを、感じるためにここに来た わけじゃないのに。 「シン……」 アスランの気遣わしげな声が聞こえたけれど、振り返ることはできなかった。 それからどれほど経ったろうか。ほんの数分だったかもしれないが、シンからす ると何時間にも相当するような苦しい空間が、そこにはあった。 カシャン、と硬質な音が響いてシンは顔を上げた。廊下向こう、シンたちが来た のとは逆の扉から一台のベッドが運ばれてきた。 白衣を着た医者らしき2人の男が、車のついたそのベッドについてシンたちの方 にやってくる。 シンの――いや、ギルバートの正面に止められたそのベッドには、シンと同年代 であろう少年が横たわっていた。 白いボディスーツのようなものを着ている少年はとても美しい顔立ちをしてい た。肩ほどまであるのだろう長い金の髪がシーツの上に広がっており、シンは 素直に綺麗だと思った。 けれど、その少年は両腕と頭に包帯を巻いていた。重体であろうことはその様 子から見てとれる。片目がまっさらな包帯で覆われていることが、痛々しさ をより増しているように感じた。 シンは彼から目が離せなかった。彼の様相からではない。少年がただ、澄ん だ青の瞳をわずかに曇らせ、定まらない目で虚ろに宙を見つめていたから。 しかし重体である少年に対して、ギルバートが口にしたのは容赦のない決断だった。 「レイ、予備が使えなくなった。……もういちどだ」 「はい」 レイと呼ばれた少年は震えた声でしかしはっきりと返事をし、ゆっくり と身体を反転させると腕に力をこめる。どうにかベッドから降りたとう としているのだろうが、痛みがひどいのか身体を起こすだけで精一杯の ようで。 「くっ……」 きつく歪んだ顔が紅潮し、額に汗が滲む姿を前に、シンはなに もすることができずに立ち尽くしていた。 「うう……」 ようやく上体を起こしたところで、レイの動きが止まってしまう。部分 的な負傷よりも、身体中の痛みが激しいのかもしれない。 このような姿になってまで、彼は戦おうとしているのか。 なぜ――と、シンが思ったそのとき。 ザフト本部が、揺れた。 |