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いくら想おうと、シンがその名を口に出すことはできなかった。
なぜなら彼女は――自分が、この手で殺したのだから。


特に仲が良かったわけじゃない。
アカデミーでクラスメイトだったルナマリアの妹で、同期ではあるけれど 専攻が違うから、ルナマリアを介してしか滅多に話をしなかった。
それは同期のみんなと一緒にミネルバに配属されてもあまり変わらず、ヨウランや ヴィーノは話が合うのかよく彼女とは一緒にいたけれど、自分の記憶が確かならシ ンは彼女と仕事に関わること以外で2人きりで話をしたことがない。
でも、甘え上手で女の子らしくて、かと思えばとてもしっかりしている部分もあ る、あの子は本当にごく普通の女の子で。
戦争なんかなかったら、軍に入らなければ、こんなことにはならなかったのに。
きっと素敵な恋人を 見つけて、可愛い奥さんになって、幸せになっただろう彼女の未来が、こんなに も鮮やかに思い浮かぶのに。

でも、彼女の未来を潰したのは、間違いなく自分なのだ。

あんなことになるなんて思ってもみなかった。これからみんなでロゴスを潰し て、議長の指揮の下で平和な世界が築かれていくだろうと、その世界を目指すと 決意したばかりだというのに。
ルナマリアの顔を、あれほどまでに見たくないと思ったのは初めてのことだっ た。見たくないんじゃない。顔を見ることができなかった。
だって当然だ。あの子を殺したのは自分なのだから。仕方のないことだと、一 言で片付けられるはずもない。レイのように割り切ることができるほど、シンは 軍人らしくもなければ強いわけでもない。

敵ならなんでも倒すと思っていた。どんな敵だって、世界を混迷させて狂わせ ていくなら倒せるのだと、倒さなければならないと。
だが、そう誓った直後に倒せといわれた敵が、それまで仲間だと思っていた 人だなんて一体誰が予想しただろうか。
確かにあの人のやってることはおかしかった。議長から機体をもらっても感謝 するどころか反発するばかりで、あの人に対する不信感は増すばかりだったか ら、冷静に考えたらあの人がこうなることは予想できたかもしれない。
けど、まさか、そこにあの子がいるだなんて、そんなことが信じられるはずも なくて。
それを云ったのがレイでなければ、きっとシンがそれを信じること はなかっただろう。それくらいにその事実はシンを驚愕させたし、きっと他 の人もそう思ったはずだ。

逃がしてはならない、と云われた。
倒さなくてはならない、と云われた。
彼らのその行為が議長の望む世界を壊すというのなら、逃がしてはなら ないと思った。
理想の前に立ちはだかる敵は倒すと決意したのだから、倒さな くてはならないと思った。

そうして、シンは剣を振りかざした。

今でも、あのグフが爆発した瞬間の光景が目に焼きついて離れない。あの 瞬間だ。あの瞬間に、彼らは自分の前から消えた。自分が彼らを消した。
ほんの少し前まで一緒にいた人たちを、自分の手で、殺した。
レイがなにかと声をかけてくれたように思うけれど、その声も頭に入らな かった。なにを考えているのか、どうしたらいいのかもわからなくて、ただ 促されるままに基地へと戻ることしかできなかった。

ルナマリアの涙が痛かった。責める言葉を口にすることもなく、泣き続 ける彼女をシンは抱きしめた。
たったひとりの妹を失うつらさを、シンは知っている。状況が違えど、ル ナマリアもかつての自分と同じ痛みを背負ってしまったのだと肌で感じ て――苦しくて、仕方がなかった。
ごめん、と謝ることしかできなかった。許しを請えるはずもないし、そ んな気も最初からない。許すはずがないだなんて、そんなことは自分が一 番よく知っている。
けれど、ルナマリアはシンを責めようとはしなかった。彼女はただ、シ ンの背中にすがりついて涙を零すだけだった。
心が、軋む。痛くて、苦しくて、泣きたくて、どうしようもなくて。
泣き続けるルナマリアを、シンはただきつく抱きしめることしかできなかった。