fool
『やっぱり逃げるんですか、また!』 彼の言葉は、最後の宣告のように聴こえた。 迷いなく放たれる銃弾は、俺の罪の証に思えた。 ……あぁ、やはり、君も議長も本当に頭がいい。 君たちは本当に、俺のことをきちんと見ていてくれたのだろう。 なんのフィルターも通さず、ただ真っ直ぐに俺を見て、俺の心を見透かして、そうし て出た結論がこれならば俺に文句の云いようなどあるはずもない。 ――俺はもう駄目だ、と。 他の誰でもない君の目に俺がそう映っていたということ。それは紛れもない事実 で、そしてある意味で真実だった。 いつだってそうだ。 議長の云うとおり、俺は余計なことを考えすぎるのだろう。考えて、行動し て、しかしいつもどこかで間違えてしまう。やり方が違うのかそれとも俺の考 え方が間違っているのかはわからない。 けれど、俺がなにかしら自分から行動を起こそうとするときに限って、全ては意 図しえない方向へと転がっていってしまう。 誰かの言葉に従っていれば間違えないというのに、自分で選んだときはいつ だって望むものとは違った方向へ進んでしまうのだ。 命令に従っていれば、確かに楽だろう。 俺にはその力があると云われているし、それだけの実力があるということは否定 しない。 昔はあるときまではそのようにやってこられたのだし、これからもそうであるのな ら俺は議長のいう意味においては『幸せ』でいられたのだろう。 でも、俺は君のように議長に従うことはできない。 君がなにを考えてあの人の傍にいるのかはわからないけれど、俺は君のように 考えて生きることはできないんだ。 俺が誰かに従って行動するとき、そこに俺の意志は存在しない。俺はただ、そ の命令をこなすために必要な知識と技術でもって行動し、任務を遂行すること しかできない。 相手のことも自分のことも知ろうとしながら、そうして自分で考えた末にその道を選ぶと いうことは、俺には到底できないことであって。 俺が命令に従うとき、俺は誰かの手足となって働くようにしか動けない。そ れではただの人形だ。 けれど俺は、人形ではなく自分で考えたうえで行動する人間になりたい。命令 に従う人形でいるのではなく、俺という人間になるためには誰かに与えら れた役割をこなすだけでは意味がないんだ。 ――だから、ここにいてはいけないのだと思った。 誰かに先を示された道を目指し進むだけの世界では駄目だと、与えられた役 割に反する者は必要ないとさえいえるような世界ではいけないとも思う。そう あってはならないと、そのような世界では嫌だと。 ――だから、ここから出ると決めた。 目の前にある材料のみで決めることはいけないことだとわかってはいるけれ ど、今の俺は俺の前にあるものしか見えるはずもない。 この行動は少なからずみなに迷惑をかけるだろう。現に偶然に部屋に入った ことからメイリンを巻きこんでしまったし、おそらくは姉であるルナマリアに も嫌疑の目が向けられるだろうし、シンは俺の行動にさらに苛立ちを募らせ るだろうし、グラディス艦長だって少なからず叱責を受けるだろう。 間違っているのかもしれない。 議長の考える世界は、俺にとっては良い世界とは思えないけれど、なに も知らずにそこに住む人々が幸せであるのなら、もしかしたらそれだけ で『幸せな世界』といえるのかもしれない。 ただ戦争を終わらせたい、平和な世界で幸せに暮らしたいと願う人々にと っては、そのような世界の方が楽だし心地が良いのかもしれない。 ――けれど、俺は知ってしまった。 俺の求める世界はそうではないのだと。俺はそんな風には生きたくないのだと。 自ら苦労する道を選ぶ愚か者だと云われても仕方がないだろう。 命令に従っていれば簡単だ。示された道を真っ直ぐに進むのはとても楽 だ。なにも考えることなく、そうありたいと思いさえすれば幸せな世界 を誰かが築いてくれるのなら、それほどに楽で幸せな世界はない。 それでもと、俺は思うんだ。 君のように議長を信じて、議長の道を信じて、そうやって生きることもできるだ ろう。君は君だ。君はきっと、俺のように操られるだけの人形にはなりえな いだろう。だから君は議長を選ぶことができるのだ。 『俺は許しませんよ、ギルを裏切るなんてこと!』 許してくれとは云わない。それをいう権利がないことも知っている。 もし俺が君のように強ければ、俺は君たちの側にいたのかもしれ ない。最初から君たちと敵対していたのかもしれない。それはもしかしたらありえる 過去だったかもしれない。 決意をしたつもりが、中途半端な位置に甘んじていたのは全て俺の責任だ。いつ だって、流され続けてその先に到着する直前で俺は自分の間違いに気づく んだ。相手が悪いと、一概に責められるはずもない。そこまで気づかずにや ってきてしまった、それは確かに俺自身の責任であるのだから。 ――だから、俺は行く。 裏切り者と蔑まれようと。愚かだと罵られようと。 君たちが俺を見ていてくれたこと、俺を見たうえで確かなことを 指摘してくれたということ、それは嬉しくもあり悔しくもある。 俺は馬鹿だから。厳しい任務を遂行できようが、難しいといわれることを簡単 にこなせようが、俺が俺として考えて選んだ先の答えでなければ仕方がない というのに、俺はそれに気づかないでいるばかりで。 だからもう、こんなことは終わりにしよう。 今度こそ選びとるんだ、俺は。どれほどにつらく困難な道であっても、俺は俺 の答えを見つけよう。正しくはなくても、結果として間違っていたとし ても、それでも俺が見つけた俺の道であるのなら、後悔なんてするはずもないのだから。 ……君に、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。 迷ってばかりだった俺に、優しくはないけれど俺にとっては嬉しい言 葉をかけてくれた君だから。 君の望むようにあれたら、きっと俺は楽で幸せだったろうけれど。 それでも俺は、知ってしまったんだ。 俺がここにいてはいけないということ。 ここにいては、俺は俺でありなが ら俺ではない誰かになってしまうから。 だから、俺は行くよ。 今までごめん。――そして、ありがとう。 |