sing


歌が好きだったの。
歌うことが大好きだったの。
それだけしか、なかったの。



ミーアは、コーディネイターだけどどこにでもいる普通の子だった。
お勉強がすごくできるわけじゃないし、運動がすごくできるわけじゃないし、すご く顔が綺麗だとか、すごく力持ちとか、すごく絵が上手とか、そういうのじゃ全然なくて。
ただ、歌を歌うことが大好きだった。
いつだってミーアは、周りの人たちが気づくともう歌を歌っていて。
「ミーアは歌が好きなのね」
うん、そうなの。歌は好き。歌うことは大好き。だってこんなに気持ちがい いの。だってこんなに嬉しくなるの。
だからミーアは歌っていた。嫌なことがあっても、泣きたくなるときだって、歌 を歌うと全部忘れられた。ミーアは大丈夫。だってまだ歌えるから。
だけど、みんなは云うの。
「ミーアの声はラクスにそっくりね」
うん、そうなの。ミーアの声はラクスに似ているの。ラクスは好き。ラクスの歌は大好き。
本当に本当に、ラクスのことは大好きなの。強くて、綺麗で、優しくて、誰からも 好かれるラクスが好きで、とてもとても羨ましかった。
いつかラクスのように、ミーアもみんなに大好きだよって云われたかった。みんな がミーアの歌を聴いて幸せな気持ちになってくれたら、そうしたらすごく嬉しいっ て、ずっとそう思っていたの。
だから、デュランダル議長がミーアのところにやってきたときは本当に驚いた。今 だけでいいから、ラクスの代わりになってほしいと云われて、ミーアはすぐに頷いた。
ラクスになりたかったの。
代わりでもよかった。今だけでも、ラクスになって、みんなに必要とされたかった。
本当に必要なのはラクス。だけど、今必要なのはミーア。
議長はそう云って、だからミーアは頷いた。
ラクスになると、それまでミーアの歌なんて聴こうともしなかった人もミー アを振り返った。それがなんだか嬉しかった。みんながミーアの歌を聴いてく れる。今のミーアがラクスだって構わない、だってみんなが聴いているのはラク スじゃないミーアの歌なんだから。
だけど、ラクスは現われた。
いつかはこのときが来ると思っていた。きっとそうなるよと、議長も云って いた。わかってた。だってミーアはラクスじゃない。ラクスじゃないミーア は、ラクスとしてそこにいるけれどだけど本当のラクスはちゃんと生きているんだから。
わかってた。
ラクスは大好き。ラクスと会えたらミーアも嬉しい。ラクスが好きだから、ラクスが来 るまでミーアはラクスの代わりに歌うの。
だけど、本物のラクスが現われても、ミーアはあんまり嬉しくなかった。
喜ばなくちゃいけない。あなたがいるべき場所はここなんですよって、ミーア は立って今までの席をラクスに譲らなくちゃいけない。それが議長との約束。ミ ーアの本当の気持ち。
だけど。だけど。だけど。
……本当は、ラクスなんて嫌い。
なんでも持ってるくせに、なんにも持ってないミーアにひとつだけ残ってる歌 までとっていく。
ラクスはいいじゃない。なんでも持ってるんだから。なんにもないミーアが、や っと必要とされたの。みんながミーアの歌を聴いて喜んでくれるの。嬉しいの。失 いたくないの。このままがいいの。もう、いらない子に戻りたくないの。
だってラクスはなんにもしてない。
プラントのみんなの気持ちを鎮めたのはミーア。ザフトの軍人さんたちの気持ち を盛り上げたのはミーア。
そこに立つミーアはラクスと呼ばれたけれど、だけどそこにいたのはミーアなんだ から。そこにいて、歌を歌っていたのは、ラクスじゃなくてミーアなんだから。
だから、やめて。
お願いだから、ミーアからラクスをとらないで。だってラクスでいられないと ミーアはもう、本当に誰からも必要とされなくなってしまうから。




  歌が好きなの。
  歌うことが大好きなの。
  ミーアにはそれしかないの。
  だから、お願い。
  ミーアから歌をとらないで。
  ミーアの歌を、とらないで。