使徒、襲来 (1巻1話)
シンをずっと母方の親戚の家に預けていた父から突然の呼び出しがかかったの はつい3日前のこと。 年に一度だけ送られてくる様子見の手紙と同様に、今回も無視を決めこむ気だっ たシンの背を押したのはシンが世話になっている家の優しい家族たちだった。 せっかくなのだから顔くらい見ておいで、と彼らにそう云われてしまえばシン に拒絶する術などあるはずもなく。仕方なしに、用件だけでも聞きにと地方か ら東京に出たはいいが、久し振りの東京でシンを襲ったのは理由のわからない突 然の戦闘だった。 シンの迎えとしてやってきたアスランという青年の車に乗りこみ、巨大な怪物 とロボットと複数のミサイルの間を抜けて、大きな爆発に巻きこまれかけながらも たどり着いたのは、シンには聞いたことのない名の組織の建物で。 「特務機関ザフト?」 アスランから渡されたZAFTと書かれたその組織に関する資料を手に、シ ンはその顔をわずかに歪めることしかできなかった。 「そうだ。国連直属の非公開組織で、俺もそこに所属している。まあ国際 公務員というものかな。君のお父さんと同じでね」 「……“人類を守る立派な仕事”ってやつですか」 資料内の項目に適当に目を向けながら、シンは小さく笑う。 その突き放したような物言いに、アスランは苦笑して首を傾げた。 「皮肉か?」 「べつに」 ザフト施設内で車は自身で動くことなく車体ごと奥へと運ばれていく。エンジ ン音のしない車内で、シンは車の窓枠を何気なく見つめながら呟いた。 「……ザラさん」 「アスランでいい」 早い切り返しにシンは思わず口をつぐむも、きゅっと手を握り小さく息をついた。 「アスランさん、父はなんのために俺を呼んだんですか。父は俺のことなんて どうでもいいと思ってるのに、今さらどうして俺を」 「――それは、お父さんから直接聞いたほうがいいだろう」 「これから父のところに行くんですよね」 アスランはミラー越しにシンを一瞥した。 「苦手なのか、お父さんのこと」 シンの問いに対する答えをアスランは口にしなかったけれども、きっとそ の通りなのだろうとシンは思う。あの父が、用もなく自分を呼びつけるわけが なく、どうせそこにあるものもシンにとって嬉しいものではないはずだ。 父のことなどなにも知らないというのに、なぜかシンはそう確信していた。 「べつに。面倒くさいだけです。……それに」 父の顔を思い出そうとしても、覚えているのは能面のように感情の読めない 薄っぺらい笑顔だけで。 「会ったってどうせ、なにが変わるわけでもないんだから」 そのころ、ザフトの一角では可動式の簡易ベッドが真っ直ぐ緊急治療室に向かって 走っているところだった。 ベッドの両脇と後ろには白衣を来た男たちが、ベッドの上には荒く息をする 少年が横たわっていた。 白いボディスーツのようなものを身にまとう少年は、身体中を血で汚していた。 包帯の巻かれた両腕、そして頭部。 彼の美しい金の細い髪は乱れ、ところどころには赤いものが凝固していた。 酸素吸入器を口に当てられながら、少年は痛みをこらえるように目を瞑り懸命に酸素 を取りこもうとしていた。 そうすることしか、できなかった。 巨大なモニターを前に、男は顔の前で組んでいた腕をゆっくりと解く。 その男の様子を数メートル離れた場所から伺っていた白衣の女は、焦れたような顔 で男の背に問いかけた。 「デュランダル司令、どうするおつもりですか」 男は眼前のモニターから手元のパネルへと目線を移し、そこに映る映像を次々と 変えながら淡々と返す。 「もう一度初号機を起動させる」 「そんなっ! 無理です、パイロットがいません!」 男の横に控えていた壮年の男は、その様と同様に生真面目な顔つきをわずかに歪め た。この事実は彼も知っているはずだというのに、今さらなにを云う、とその 顔には書かれていた。 「レイにはもう……」 白衣の女もまた、男の言葉に動揺を隠せずにいた。 パイロット――レイにはもう、『あれ』を起動させることはできないだ ろう。それほどの深手を負い、その子どもはつい先刻に緊急治療室へと 運びこまれたばかりだというのに。 けれど男は、手元のパネルに映ったとある画面で手を止め、そこに映る少年を 見つめて目を細めた。 「問題ない。――たった今、予備が届いた」 そこに映る少年は、彼の血を受け継ぐ彼のただ1人の息子で。 その名を、シン・アスカという。 |