confess


それはほんの数秒のこと。
一言に、想いの全てをこめたもの。


「好きなんだ、レイ」
真正面にある、自分とは正反対の蒼い瞳を真っ直ぐに見据え、シンはそう告げた。
なんの脈絡もない突然のことであるのに、いやだからこそなのか、レイは 表情を変えずにシンを見返すばかりで。
シンの身体は、指先までもが心臓になってしまったかのようだった。レイの両肩 を掴んだ手のわずかな震えに、レイが気づかなければいい。そう思った。
それと同時に、気づいてシンの気持ちも悟ってくれたらいいとも思うのだけれど 、相手はあのレイだ、そういった細やかなところまで期待しても無意味だろうと思い直す。
今はただ、伝えたいことをきちんとレイに伝えることだけが目的なのだから。
けれどレイは、相も変わらずシンを見つめるのみで、その視線に責められているような気さえ してシンは思わず視線を逸らした。
「……ごめん。急に、こんなこと」
やっぱりわかってもらえなかったのかもしれない。
なにせ相手はこのレイだ。アカデミーのころからレイとは一緒にいるけれど、レイに関する 色恋沙汰なんて噂ほどにしか聞いたことがない。
その噂にしても、どれも真実味に欠けるデマのようなものか、でなければ当事者がわざと流 したようなものばかりで、例えそれでみんなが信じかけても、レイの常と変わらない態度に 噂など75日どころかほとんどが1週間も経たずに消えていったというのに。
レイからは恋だとか愛だとかそういった匂いがしないと云ったのはヨウランだったか。
確かにレイが誰かに恋をしたり愛を囁いたりといったことをするのは想像しにくいけれど、そ れでもシンはレイが誰よりも優しくて強くて、そして綺麗なことを知っている。
「答えがほしいとかそういうのじゃないんだ。応えてほしいとは思うけど、そこまでは強 要はしない」
だからこそ、伝えたいことがあった。
「だけど……忘れないでいてくれるかな。俺が、レイのことを好きだってこと」
レイには嫌われていないと思う。
むしろ、普段あまり他人を寄せ付けないレイが、シンが隣に立つことは許してくれて いるようにさえ感じる。
それは部屋が同じだから仕方のないことかもしれないけど、それでもこんなにレイの 近くにいる他人は自分だけだと、シンは密かに自負しているのだ。
こんな告白をして、もしかしたらレイに嫌われてしまうかもしれないと思わないわけがない。
けれどなぜか、レイだけは大丈夫だと、きっと彼は変わらないと、シンはそう思うことが できて。
レイを友人以上に好きだと自覚したその日から――いや、それよりも以前から、シンは レイのことを見てきたのだから。
「……レイ?」
目の前の綺麗な顔が、わずかにも変わらないことを不思議に思い、シンは首を傾げた。
なにか考えているのだろうか。その瞳はしっかりをシンを捉えたまま、けれどなにも語ろ うとはしなかった。
やはり気分を害してしまったのだろうか、とシンが不安になって口を開きかけたそのとき 、一足早くレイが口を開く。
「――お前は」
「え?」
「お前は、なぜ俺が好きだというんだ?」
思いもよらない問いに、シンは半ば呆然とレイの顔を見返した。
まさかレイにそんな風に訊かれるなんて考えてもいなかったから。
けれど、もしかしたら、ほんの少しだけでも希望が見えているのかもしれない。そうも考 えられる気がして、シンは言葉を選びながら慎重にレイに向き合った。
「あのさ……ホントは、好きとかよくわからないんだ。でも、レイが好きなんだって 、そう思ったらすごく嬉しくなった。レイと同じクラスになったこととか、同じ部屋 になれたこと、そういう、当然だと思ってたことの意味が変わったんだ」
我ながら恥ずかしいことを云っているという自覚はあった。
それでも、これは伝えなければならないことだと思った。きちんと自分の言葉で伝 えなければ、この想いはレイに届かないような、そんな気がしたから。
「レイと逢えてよかった。レイがここにいることが、すごく嬉しい。――そう思 ったから、どうしてもレイに伝えたかったんだ」
一息に云い切ったシンを、レイは驚いたような顔で見返していた。そ んな風に無防備な姿が可愛いと思うのは、惚れた欲目かもしれないけれど。
「ここに、いることが……?」
「うん。レイじゃなかったら、きっとこんなことは思わなかった」
やっと云えた。
その事実が単純に嬉しくて、シンは肩からなにかが落ちたような気分になった。
今まで心の中にあった想い、それを相手に伝えることがこんなに大切なことだとは 思わなかった。けれど、口に出してしまえばなんのことはない、どうして悩むこ とがあっただろうかと、そんな風にも思えていて。
「……そうか」
「レイ?」
ふいにレイが、考えこむように視線を落とした。
どうかしたのだろうかとその視線を追うように顔をのぞきこむと、真っ直ぐ な蒼とかち合ってシンは思わず目を見開いた。
いつでもしっかりと前を見据える、強い光を宿すこの瞳が好きなのだと、シンは改め て思う。
実のところ、シンはレイの応えを期待してはいなかった。
自分の気持ちを伝えたいということばかりが全面に出て、伝えられたからそれだけで満 足していた。そのためか、レイの気持ちが自分に向いているかもしれないだなんて、本当に欠片ほ ども思っていなくて。
だから。

「ならば、シン。俺もお前が好きなのかもしれない」

だからそう云われたとき、レイがなにを云ったのかわからなくて呆けた顔 を返すことしかできなかった。
レイもまた、予想外のシンの反応にきょとんと首を傾げていて。
それから数秒後、我に返って歓喜の叫びを上げるシンに、レイもまたやわらかに 微笑んでいたのだけれど、それを知るのは、今のこの場では彼らだけだった。