relief


休憩室での騒動のあと、ショックを受けたカガリを連れて自分たちに与えられた部屋へ と戻ったアスランであったが、部屋の扉を開いたところでふと思い立ったように足を止めた。
突然のことに、歩き進めていたカガリが不思議そうに首を傾げる。
その目には未だ不安げな様子が見てとれ、彼女がまだ混乱の中にあることをあらわしていた。
もう少し落ち着くまで待ったほうが良いだろうかとアスランは思う。なんでもすぐに口にする タイプかと思いきや、カガリはこれで深刻な問題ほど自分の内に溜めこんでしまうところがあるのだ。
しばらくはそっとしておいて、カガリの考えがまとまったときにもう一度ちゃんと話を しようと考えたアスランは、カガリの頭をぽんと叩き、顔を覗きこむと安心させるように笑いかけた。
「少し待っていてくれ。なにか飲み物でももらってくるから」
カガリの返事を待たずにアスランは扉を閉める。念のためにと外側からもロックをかけ、 もと来た廊下を戻っていった。
飲み物ならば、休憩室か食堂へいけば調達は可能だろう。
ここから最も近いのは先刻の休憩室であるが、あのときの少年たちが、全員ではないにしろまだあの場に残っ ている可能性は高い。直後のはちあわせが好ましくないのはどちらも同じことだ、 少し遠回りになるが食堂まで足を運ぼうかと考えていたアスランの前、少し離れた角 から見覚えのある姿が現れた。
柔かそうな金髪が、赤い軍服の肩の上で広がり、揺れる。
あの場にいた少年たちのひとりであったが、彼らの中でもひときわ落ち着いていた少年 で、その印象は強い。
「君っ」
彼は――そう、レイ・ザ・バレルといったか。
カガリとギルバートの巨頭会談後、艦を案内するために先導する軍人として彼 の紹介もされた。アスランはそのとき、彼の涼やかな雰囲気によく合った名だとも考えていて。
最初の印象そのままに、彼はあの場においても常に冷静であったのだけれど。
「なにか?」
振り返ったレイの表情が変わらないことにアスランは内心安堵した。ここでレイ にまで睨まれようものなら、アスランはもう何も云えなくなってしまっただろう。
けれど、そんな様子はつゆほども見せず、アスランはオーブ代表の随員としてレイに対峙した。
「代表になにか飲み物をお持ちしたいのだが、このあたりで調達できる場所を知らないか?」
休憩室以外で、とは告げなかったものの、彼ならばこうしてわざわざ尋ねる意図に気 づいてくれるだろう。なぜか当然のように、アスランはそう思っていた。
「では、こちらへどうぞ」
レイはわずかの間考えていたように見えたが、すぐにそう告げるとアスランに背を向けた。 ついて来いということなのだろう、アスランもまた彼の背を追って歩き出した。
先の休憩室のひとつ前の角を曲がり少し進むと、レイはある扉の前で足を止めた。扉 の脇にある小さな画面にいくつかの番号を入力すると、扉は小さな音を立ててすんなりと道を開く。
士官室とは異なるその部屋は、小さいけれど会議室のように見えた。
「ここは?」
「艦長や隊長などの上官が使用する小会議室です。ここでは食事もできるよ うになっていますので――なにか?」
淡々と説明をするレイの横顔を、アスランは知らず凝視していた。
一介の軍人である彼が上官専用の部屋を、いくら無人とはいえ平然と使用してい るところを見ると彼は艦内でもかなり高い位置にいるのかもしれない。アスラン は一連の流れよりそう考える。
けれどそれ以上に。
「君はいくつになるんだ?」
思わず口をついた言葉に、アスランは唐突すぎたと内心焦ったものの、レイは 特に気にはしていないようだった。
「17です」
「そうか……君は大人だな」
それは先刻の少年たち――シンやヨウランといったか、彼らを揶揄してい るようにもとらえられるかもしれない。けれど、アスランはただ自嘲する かのように呟いていた。
「この艦の者はみな成人しておりますが」
プラントでは13歳で成人とみなされる。そしてザフトには、当然未成年は入隊で きない。ごく真っ当な返答にアスランは苦笑する。
「ああ、わかっているよ。そうではなくて……俺たちとそう変わらない というのに、ずっとしっかりしているようだから」
レイはそれに対し否定も肯定もしなかった。ここでアスランが求めているのは 同意でも反対でもないのだとわかっているかのように。
会話が途切れ、レイは部屋の奥へと足を向けた。壁に埋め込まれた 棚――おそらく保冷庫だろう――からボトルを2本取り出し、アスランの元へ戻るとそれを差し出した。
アスランはわずかに目を見開き、受け取ったボトルからレイへと視線を向ける。
ボトルは代表の――カガリのものしか頼んでいないはずだ。それなのに、なぜ2本も彼 は渡してくれたのだろう。
その視線の意味に気づいたのか、レイはやはり淡々とした口調で告げる。
「お休みになられた方が良いでしょう、あなたも」
その言葉に、アスランは困ったような笑みを浮かべることしかできなかった。
このような気遣いは、この間に乗りこんでから初めてのことではないだろうか。決 して長くはないというのに、この日はたくさんのことが起こりすぎた。
『元ザフト軍人』であるアスランになど、誰も気遣うことがないのは当然のことだ と思っていたのだけれど。冷静で、ともすれば冷たくも見られそうな少年のさり気な い優しさにアスランは胸が熱くなるのを感じていた。
「――……本当に大人だな。君は」
アスランの言葉に、やはりレイはなにも返すことはなかった。