observer


思えば、初めて会ったときからどこかひっかかっていた。
自分と同じく赤服を与えられた優秀なパイロットと聞いていたから、よきライバルになってくれる だろうかと、最初こそは期待していたのに。
会ってみた彼は、女のように綺麗な顔をしながらも、中身はそれほど甘くなかった。
頭のいい奴は今まで何人も見てきたけれど、こいつはその中でもかなり変わった存在だと思う。
無口なだけならまだいい。凍ったような空気は少々息苦しいけれど、慣れてしまえば騒がしいだけ の人間といるより気は楽だから。
けれど、彼はそれだけじゃなかった。
潔癖気味というか、少しお堅すぎるのかもしれない。
軍服の襟がちゃんとしまっていないだのその本の場所はそこじゃないだの、細かすぎるほどにう るさいのだ。
ただの軍人仲間であればこれほど気にならないだろうけれど、彼と自分はどういうわけか同室に割 りあてられて。
おかげで最初の何日かはなんとも云いがたい冷たい視線を送られ続けていた。
なまじがみがみ云わないから余計に気になるのかもしれない。
彼はいちいち細かいながらも同じことを何度も云うことがなく、一度聞きのがせばあとは凍るよう な目に追い詰められるのみで。
そのおかげか、自分たちの部屋は艦内でもおそらく右に出るものはいないであろうほどにきちんと 整理されている。
部屋は汚いより綺麗な方が良いから、その事実だけを見ればまあ構わないといえよう。
だから、自分の彼に対するイメージは、無口なくせに口うるさくてとっつきにくい奴、という妙な 風に固定されていたのだけれど。
彼に対するイメージを思いもよらぬほどに乱されたのは、彼との付き合いにもだいぶ慣れてきた頃 だった。
新たな任を受け、皆で連れだって軍の施設から出ようと出入り口に向かっていたときのこと。
常とは異なる軍内のざわつきに思わず非常事態かと身構えたものの、自分たちの耳に飛びこんでき たある人物の名は、一介の軍人である自分たちとは直接に関わることがないはずのもので。
いわく、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルが軍の視察に来ている、と。
そんな声が聞こえた直後、見慣れた上官を先頭にした一団が自分たちの前に現れた。
その中心には、当然のようにデュランダル議長がいて。
テレビで見たままの穏やかな笑顔を浮かべた彼は、上官から自分たちに関する説明を受け驚いたよ うな顔をして。
こんな子どもが、と思ったのかもしれない。
赤服をまとう姿に、感心したような目を向けられ、半ば反射的にみなで敬礼をすると、議長はそれ ほど畏まらなくてもいい、と云って笑った。
温和な人と聞いていたままの印象を受け、この人ならついていけると漠然と安堵しながら、再び 敬礼をして彼らの前から去ったのだけれど。
――それは、ほんの一瞬のことだった。
議長たちの集団の意識が自分たちから逸れ、自分たちもまた新たに気持ちを切り替えていこうと したその瞬間のことだった。
ふと自分の隣に目を向け、しかし何を見たのかわからなかった。
見たはずのものを、自分で信じられなかった。
常に冷静でほとんど取り乱すことのない彼の、クールであるはずの表情がわずかに綻んでいるな んて、どうして信じられるだろうか。
柔らかく甘く、思わず可愛らしいと思ってしまうほどに。
その視線の先に議長がいるだろうことがなぜか想像にかたくなくて。
議長のファンは多いから、あえて嬉しがる奴がいるのは理解できる。しかし彼のその表情はそう いったものよりもっと親しげで。
彼と議長の関係がどうだなんてことに興味はないのだけれど。
それでも、彼のあの表情だけが今でも目に焼きついてはなれない。
あんなに柔らかい顔ができる人間だとは思ってもみなかった。
彼はいつも同じ、静かに落ち着いた表情をしていたから。
それまでに形成されたイメージががらりと変わっていくのがわかった。
ただのお堅い奴じゃない。だったら彼は一体どんな人間なのだろう。
思わず彼を凝視すると、不審そうな目を向けられて慌てて顔を背けたのだけれど。

最初は、ただ綺麗な人間だと思った。
冷たい人間だと決めかければ、妙なところでうるさいとわかって。
無口でお堅くて、けれど口うるさくて。
ちょっと変わった奴かと、そうとだけ思っていたのに。
誰かにあんな表情を向けることができるなんて知らなかった。
嬉しそうな幸せそうな、そんな顔を。
あの顔を見てしまったら、今までの彼の印象などないも同じで。
だから、気になった。
気になって、いつの間にか目で彼を追ってしまうくらいに。
彼を――そう、レイ・ザ・バレルを。