甘い罪  (一部省略あり)


男はネオと名乗った。
この部屋はネオの自宅ではなく、仕事場に近いために借りた部屋で、使用 頻度はそれほど高くないらしい。
「ネオ、ひとつ訊いてもいいか?」
ふいにとある疑問が浮かび、レイはベッドの中から、キッチンに立つネオに声をかけた。
「ちょっと待ってくれよ。今そっち行くからな」
なにか飲み物を持ってくるとネオはキッチンに立ったのだが、まだ準 備はできていないらしい。レイは小さく溜息をつくと、改めて室内を見渡した。
その部屋はワンルームのわりに広々としていて、窓際にはベッド、壁側に は二人掛けのソファ、キッチンの手前にはテーブルと、一通りのものは揃 っているようだった。生活するには充分な室内だというのに、いくら使うの が稀だとはいえ全くといっていいほど生活感がないように見えるあたり、この 男は謎だとレイは思う。
「で、どうかしたか?」
マグカップを両手にしたネオが、首を傾げながらキッチンからこちらへ とやってくる。差しだしされたマグカップを受け取り、レイはカップから立ち 上った煙と共に広がる甘く香ばしい匂いに目を細めた。
本当ならば世話になるレイが動くべきだったのだが、それは先刻ネオに止めら れた。ベッドから降りようとしたときに身体の節々に痛みを感じ顔をしかたの に気づいたネオにより、レイは絶対安静との命令を受けたのだった。
なぜ身体が痛むのかは定かではないが、考えても仕方のないことなの で今は深く追求するのをやめようと思い直し、レイは上目遣いにネオを見やる。
「俺が着ていた服は?」
「捨てたよ」
あっさりと返され、レイは唖然とする。捨てた、とこの男は云 った。人の着ていた服を捨てたと。
「……なんてことを」
「だってしょうがないだろう? あんなボロボロで汚いのを着せたまま部屋に 置いとけないっての。一応ポケットの中もチェックしたけど、なにも入ってなかったしさ」
「それで、これを着せたのか」
呆れ混じりにレイが自身の身体を見下ろすと、ネオはにっこりと笑って頷いた。
レイが身につけているものは、大きめのシャツとハーフパンツ。もし やとは思ったが、どうやら下着も替えられているようで。
「安心しろよ、どれも新品だから。まぁ俺のだからちょっと大きいけど、着 られないこともないだろう?」
ネオはあっさりとそう云い放つが、それほど簡単な事態だろうかとレイは 思う。とはいえ深刻というわけでもないのだが、なんというかいくら男同士 とはいえ眠っている相手を下着から着替えさせるというのはどうなのだろう。 ネオだから悪いというわけではなく、ただどことなく、良くないもののよ うな気はするのだ。
しかしレイの反応をどう捉えたのか、ネオは片手でレイの顎先を持ち上げる とその顔をのぞきこんで目を細めた。
「……それともなに、襲ってほしかったとか?」
「――っ! 馬鹿なことを云うな!」
反射的にカップを持たない手でネオの腕を振り払い、噛み付くように短 く叫んだ。その様子が面白かったのか、ネオは吹きだした。あははは、とな にに憚ることなく笑うネオに、レイもまたつられて苦笑する。
こんな風に笑うのは、久し振りのような気がした。