優しい毒  (一部省略あり)


「レイ、アカデミーはどうだい?」
シュガーポットから砂糖をスプーン半分ほどすくって、紅茶に入れゆっくり とかき混ぜながらギルバートの言葉を聞き、スプーンを置いてレイは答える。
「先日基礎カリキュラムが終了しました。現在は各専門に分かれての演習と、も う一段階上のカリキュラムに入っています」
レイがザフトに志願し、アカデミーに入学したのはついふた月ほど前のこと。軍 人の養成学校とはいえ、アカデミーで教えることは単に人を殺すための技術だけ ではない。プラントや地球の歴史、政治経済や社会の動き、プログラミングやMSの 操作、適切な身体の動かし方など、幅広い様々な情報を様々な形で得ること ができる。
今まで興味が向かず知らないままでいたことを知るのはレイの知的好奇心を大い に満足させ、かつより前へと意識を向けるための原動力となっていた。
好きか嫌いかと問われれば、自分はきっと勉強できる場という意味でアカデミー が好きなのだろうと、レイは思う。
「そうか。私も話に聞く程度だが、レイの代は優秀な生徒が多いそうじゃない か。その中にはレイの名も挙がっていて、喜ばしい限りだよ」
「――ありがとうございます」
ギルバートが目を細めて、本当に嬉しそうにそう云うものだから、レイも思 わず表情を緩めて微笑んだ。他の誰に賞賛を受けることも、レイにとっては さしたる意味を持たない。ギルバートであるからこそそれは意味のあるもの となり、それこそがレイの求めるものであった。
「しかし――やはり淋しいものだな」
金の目を細めてギルバートは小さく笑う。
レイがアカデミーに入学したのとほぼ同時期に、ギルバートは最 高評議会議員に選出された。
原則として全寮制であるアカデミーでは、週末と長期休暇にのみ帰宅 許可が出るのではあるが、レイが週に一度デュランダル邸に戻ってもギ ルバートの姿がないことはそう珍しいことではなかった。
日に日に多忙になるギルバートと、週に一度だけ帰宅するレイとではすれ 違いになるだろうことは安易に予想できるものであったのだけれど。
「……申し訳ありません」
残念そうなギルバートの顔にひどくいたたまれなくなり、レイは俯いてぽつりと呟いた。
しかしその言葉に意味どおりの気持ちがこもっているわけではないことは、お そらくギルバートにも気づかれたろうとレイは思う。この状況はレイが自ら選 んだ末の結果であり、レイはこの選択に後悔など抱いてはいないのだから。
確かに、ギルバートに会えないことは残念に思っている。ワガママを通して迷 惑をかけた覚えはあるし、心配をかけて申し訳ないという気持ちもある。それ でも、これはギルバートのためにとレイが考え、レイが選んだものなのだ。ギル バート自身が迷惑だと云わない限り、レイは進み続けることを決めていた。
「ギル、俺は――」
「わかっているよ、レイ」
テーブル越しにギルバートは手を伸ばし、レイの頬に触れる。やわらかな金 の髪の間を滑らせるように優しく触れられ、レイは思わず目を細めた。
「レイ、私の可愛い子。望むだけの力をつけて、早く私の元へ戻っておいで」
そうだ、戻るのだ。然るべき力を身につけて、レイはギルバートの元へと戻る。そ うして戦うのだ。ギルバートのために、レイ自身のために。
ギルバートを見つめたまましっかりと頷くレイに、ギルバートもまた満足げに微笑 みを返した。