光の面影 夢の軌跡 act-5  ( 2周年企画のレイラウ兄弟ネタの続き )




 夏の終わりに、レイは決意した。
 高校を辞めてアルバイトをしよう。いつまでも居候の身ではいられない。ここから 高校へ通うのは距離的に無理があるとか、ここまできてまたラウと離れるのは嫌だ とか、理由はいくつもあったけれど、どちらにせよラウに迷惑をかけるのならラウ の負担が少しでも減る方を選ぶべきだと思ったからだ。
 今のレイにとってはこのまま高校で勉強をするよりも、もっと世界を知るほうがよ り重要だと感じられたからのことではあるが、それでも大学へは行きたいから、ア ルバイトを受けながら勉強をして、大検を受けると決めた。
 ラウにそう伝えると、ラウはただ「そうか」とだけ呟いた。
 レイにはそれで充分だった。



 レイがアルバイト先にと選んだのは、ラウのマンションから歩いて三十分ほ どのところにある、駅の大通りに面した喫茶店だった。
 シンの店のオーナーの知人が経営するというその喫茶店を紹介してもらい、面 接を受けたのがつい一ヶ月前のこと。面接の翌日に正式採用の連絡があり、その さらに翌日からレイはその店で働いている。
 人の多い駅を越えて大通りを進むと、ドラッグストアや雑貨屋などが立ち並ぶ 中にその店はあった。小奇麗な雑居ビルの二階。外付けの階段の入り口にはメ ニューの書かれた黒板が立てかけられ、見上げれば窓には小洒落た風に『珈琲店 ファントムペイン』の文字がある。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
 そうして開店の一時間半前に店の扉をくぐったレイを迎えたのは、歳の頃はラ ウと同じほどだろう青年だった。
 この店でのレイの先輩で、名をネオ・ロアノークという。
 レイのようなアルバイトではなく、オーナーの知人らしいというその人は、調 理に携われないからとフロア担当とされたレイや元より厨房担当のオーナーとは 異なり、どんなことも器用にこなしてみせた。
 稀ではあるが、自分で注文をとったメニューを自分手作って手ずから客に出 す、なんてこともあるほどだ。
 快活で、大らかで、親しみやすい。一般的な言葉にすればネオはそんな人間だった。
 ――しかし、
「今日も可愛いな」
 カウンター横で髪を括るレイに囁きながら、真後ろから抱えようとでもいうのか伸 びてきた手を、レイは数歩足を進めることでかわしてみせた。
「……ありがとうございます」
 満面の笑みにあえて真顔でそう返すのは自分でもどうかと思うが、対するネオ はといえば少し苦笑が混じる程度でへこたれる様子など欠片もない。
 このバイトを始めてから約一ヶ月、いつの間にかこんなことも慣れっこになってし まった。ネオへの対応は、適度に流すに限る。それはバイトを始めた最初の一週間 でレイが学んだことであった。
「相変わらずつれないな、仔猫ちゃん」
「誰が仔猫ですか」
「好奇心旺盛なくせに妙なところで警戒心が強い。そのくせ寂しがり屋だろ う? その辺が可愛いんだけど」
 ほらな、仔猫ちゃん。そう笑いながら差し出されたものは、店の黒いエプロン だった。レイはなにか云いかけるも、親切にもアイロンまでかけてくれている それを無碍にすることなどできるはずもなくて。
 優秀に見せかけて妙なところでふざけたこの男は、それでも引き際を見誤るこ とがない。軽口で流せる程度の口説き文句を吐かれるのはいつものことで、それだ って今のように余裕のある状況下でしか仕掛けてこない。
 ネオはレイを好きだという。
出逢ってからこれまで毎日のように飽きず云われる言葉に流される気は全くな いが、しかしそんなネオをレイは嫌いではない。ネオの云うそれと同じか否か などは、今のレイにはわからないけれど。
 ネオは、レイがこれまで出逢った誰とも違っていた。単純そうなのに 複雑で、一緒にいると楽しかったり困ったり安心できたりする、とても厄介な人だ。
 根本の感情は、ラウへのものと似ているような気がする。けれどそれでもなにか違 うのだ。
 それとは別に、レイにはもうひとつ、ネオに対しての想いがある。それは誰にも 告げることができない、云い換えれば疑惑と名指されるものであった。