『My dear, My Angel』  sample2



硝子の少年
(書き下ろし)


  十四歳。この人は自分のものだと思った。
   〈世界中の誰よりきっと〉

 グラハムが初めて顔を合わせたビリーのクラスメイトは、グラハムを見て興味深げな目をしたあとに納得したような顔をして、それがどうしてか気に食わなかった。
 ジョシュアと呼ばれていた彼は、ビリーの背に隠れながらもあからさまに睨みつけていたグラハムの視線を受け流し、けれどすぐに興味を失ったようにビリーへと視線を戻す。
「帰る。そこまで送っていけよ」
 当然のように足を踏み出したビリーの服の裾を掴んでしまったのは反射的なものであり、ある意味ではわざとでもあった。
「ビリーはあんたのものじゃない」
 けれど必死で発した言葉に、ジョシュアが返したのは悔しいけれど正論だった。
 ジョシュアはグラハムの言葉を鼻で笑い、
「確かにな。ビリーは俺のものじゃない。――だがな、忘れるな。ビリーはお前のものでもないんだよ、小さなグラハム?」
 わかっているのだ、そんなことは。ビリーはグラハムだけのものではなく、グラハムのことをただ弟だと思って愛してくれているだけなのだということは。
 出逢い方が違っていたら、なにかが変わっていただろうか。
 否、もし兄弟でなかったとしたら、彼はきっとグラハムのことなど見向きもしなかっただろう。こんな風に自分を愛してはくれなかっただろう。
 考えれば考えるほど、ジョシュアの言葉が胸に深く突き刺さる。
 子どもの戯言だとわかってはいても、それでもビリーは自分のことを好きだと云い、グラハムはビリーを好きだと云った。
 その言葉が兄弟としてのものだとわかっていてもグラハムは素直にそれを信じていたし、幼い独占欲だとわかっていてもビリーはグラハムだけを見ていてくれると思っていた。そう、信じていた。








  二十歳。二度と離れないと誓った。

   〈夢で逢えたら〉

 彼がマリアを好いていることは知っていた。

 実の息子である自分がいうのもなんではあったが、マリアは美しかった。美しく、そして優しかった。
 誰かが云っていた。彼女が微笑めば天使のようだ、彼女の表情が憂いを帯びればまさに女神のそれである、と。
 けれどそんな言葉はマリアの外面に惹かれてのものであり、現実に生きるマリアは天使でも女神でもなくただささやかな幸せを願うひとりの女に他ならなかったのだとグラハムは知っている。
 だからこそ、マリアが再婚をすると決意したとき驚きながらも頷いた。聞けばマリアが恋し愛した相手は、ごく平凡な会社員なのだという。
 これまでマリアに言い寄ってきた男たちとは違い、穏やかなばかりで格別な才能を持たないその男は、しかし唯一誰にも負けないものがあった。
 それは彼が、未だ死別した妻を誰より愛していることだ。彼はマリアに恋をし、愛しいと感じている。けれど彼の根底には十年前に亡くした妻の存在があり、彼自身も、そしてマリアもそのことをよく理解していた。
 だからこそ、彼とマリアの結婚を許したのだ。
 この人ならば大丈夫だと、きっとマリアを愛し続け決して悲しい想いはさせないだろうと。そう思えたから、グラハムは彼を義父と認め、彼らの結婚を祝福したのだ。
 ――そうしてグラハムには、新たな義父と義兄ができた。
 義父は母の云っていた通りに穏やかで優しくて、母を愛するのと同じようにグラハムを愛しくれた。そして四歳年上の義兄もまた、血の繋がらない義理の母と弟をなんの嘘偽りもなく歓迎してくれた。
 驚いた。こんな人たちが本当にいたのかと思った。
 まるでドラマでも見ているかのように、なんの違和感もなく二つの家族は溶け合い、そしてひとつになっていた。
 けれどグラハムは知っていた。義兄であるビリーが、彼にとっての義母であるマリアに対し憧れを超えた感情を抱いているということを。