01:誰が為に花は咲く
「いつまでそんな顔をしているんだ」 凹む君の顔を見るのは嫌いじゃないけれど、なにも云わず目の前で しゃがみこまれてだんまりを貫かれるのは流石に面白くない。 苛つくのと呆れるのと、見下しているような気持ちと少しだけの優越感。 そんな気持ちが僕の中を渦巻いて、結果どうしようもできないような困った ような顔で君を見下ろすことしかできない僕は、きっと酷い人間なのだろう。 黒崎は黙っていた。 黙ってただ床を見つめていた。 黒崎の顔なんて見えないはずだけど、でも僕には黒崎の表情が 手に取るようにわかった。 わかりにくいように見えて存外わかりやすい男だから、彼は。 「そんな風にしてたってなにが変わるわけでもないだろう。とりあえず 普通に座れ」 しゃがみこんだ形で、けれど黒崎の身体は不思議と安定している。運動神経がいいん だろう。 彼が顔を上げないのをいいことに、僕は黒崎の左肩に右足の裏を当てて思いき り押し出した。……半ば蹴飛ばしたと云っても過言ではない程度の勢いで。 「――っ!」 そうして後頭部から床に突っ込んだ黒崎は、なんとか受け身を取りながらもやっぱり 痛かったようで、呆気に取られた顔で睨みつけるという普段よりもずっと器用な表情で 僕を見た。 なんとか上体だけを起こし、足は不恰好に大また開き。そんな状態で 睨まれたって怖くもなんともない。 けど黒崎は、怒るよりもわけがわからないといった顔で僕を見ていた。 「……あのさ」 わけがわからないのは僕の方だ。 どうして君は、こんな日に僕の家に来てそんな顔で僕の前にいるんだ。 君に好きな人がいたことは知っている。叶わない恋だけれど、それでも君がその人を大切に 想っているのだということを知っている。 僕だって、本心から君のことを応援していたんだ。それは間違いない。だから、こんな 日に振られた君が誰かしら友人のところに転がり込みたくなる気持ちはわからないでもない。 だけど、どうして僕なんだ。 「傷心なのはわかった。けれど、君が僕になにを期待しているのかは知らないけど、僕は 今の君になにもしてやることはできないよ」 僕の言葉は冷たいだろうか。 けれど僕は、黒崎にかけられる言葉なんて持っていない。それは事実で、今さら覆すことも でいないことだ。 仁王立ちになって見下ろした黒崎は、情けない顔で僕を見上げて一瞬だけ泣きそうな 顔になって、今度は俯いてしまった。 その視線は、僕の足の向こう側にあるようだけれど、きっとそのどこを見ても いないのだろう。 そのことを、どうしてか苛つくと思う僕のことを、黒崎は知るはずもない。 「お前、あの人に似てるんだ」 ぽつりと零された言葉は思いがけないもので、僕はきっと呆けたような顔をしていたんだと思う。 「……え?」 かろうじて出た声はそんなものでしかなくて、我ながら間抜けすぎると思っても どうすることもできるはずがない。 なにを、云っているんだ。こいつは。 似ていると、彼は云った。彼の想い人に僕が似ていると。 すると、なんだ。君がここにいるのは僕が想い人に似ているからか。その面影を僕に 求めているのか。 僕は君が、友人のひとりとして僕を頼ってきてくれたのだと思っていた。 けれど君はそうでなかったというのか。 君の弱みを僕には見せてくれるのだとそう思っていた。僕を信頼してくれているのだと そう考えていた。 けれど君は、僕が君の想い人に似ているから、だから僕のところへきたというのか。 「……ふざけるな」 僕を裏切ったのか、なんて、そんなことは云わない。 君に対して僕がなにを期待していたかなんて君が知るはずがないのだから、その期待から 外れたからといって一方的に喚くようなことはしてやらない。 けれど、これは、ひどい。 友人とも仲間ともクラスメイトとも云えるだろう僕らの関係を、君はこんなに簡単に なかったことにできるのか。 僕に僕ではない誰かを重ねて、だから君は僕を選んだというのか。 そんなのは、最悪だ。 「――僕を見ろ、黒崎」 君の『あの人』なんかじゃなく、僕を見ろ。 僕は君に、僕の全てを理解してほしいなどとは思わない。 そんな風に呆然と見上げる君には僕のこの気持ちなどわからないだろう。それで いい。 けれどこの想いを、今ようやく知った僕のこの想いを君に伝えることを、僕は諦めない。 だから、僕を見ろ、黒崎一護。 君が誰を想っているかなんて、そんなことは関係ない。 ――君の選んだその人ではない、ただ君を想う僕を見ろ。 一護→竜弦前提かもしれない。
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