プレゼントを、君に
「黒崎、これ」
7月13日金曜日。いつもと同じように登校した一護は、いつもと変わらない朝の挨 拶を交わしたはずの石田雨竜がふいに振り返り差し出したものを首を傾げながら受け 取った。 「おう。……なんだ?」 それは両手に乗る大きさの紙袋。茶色で、縦横に黒い線が入っている。相変わら ずの滅却師仕様であるが、もう今さらすぎてツッコミを入れる気にもなれず、むし ろ一護の意識は紙袋の中身に向かっていた。 ここ最近、雨竜に本やCDを貸した覚えはないから、借り物の返却というわけでは ないだろう。しかも、どうにも袋からは既製品にはないような甘い匂いがするよう で、一護はなんだこれ とばかりに雨竜に不可思議な目を向ける。 押し付けるように紙袋を放した雨竜は、視線を下方に向けて眼鏡を押し上げ、 「誕生日だろう」 あくまで平静に告げようとしたらしいその言葉は、しかし平静を装おうとしているこ とがバレバレな時点で失敗に終わっている。 雨竜自身が気づいているのかはわから ないが、もう一年の付き合いにもなれば、深く考えずとも一護にはわかってしまう 程度のものだ。 「……」 というかそれ以前に、雨竜が一護の誕生日を祝おうとしていたというその事実 が、改めて考えると驚かされるものではないだろうか。 「なんだその顔は」 「……や、お前が祝ってくれるとは思わなかった、から、な……?」 云いながら、みるみる雨竜の表情が変わっていくのを目の当たりにして、一護は焦った。 多分、普通のクラスメイトにはわからない緩やかな変化。わずかに目を見開い て、細めて、眉を寄せて。開きかけた唇がわななないて、けれどきつく閉ざされ る。おそらくは一護だけが知る、ほんの一瞬の、雨竜の変化。 ああこいつ絶対誤解してる、そう思ったけれど、一護がなにかを云うよりも早 く、雨竜は一護の言葉を理解し解釈して怒った顔で一護を睨みつけていた。 「それは悪かったね」 他に云いたいことはあるだろうに、それでも雨竜は一言だけを落として一護に 背を向けようとした。 ――違う。そんな顔をさせたかったんじゃない。 「待てよ石田、違うって!」 「なにが違うんだ。君は僕が君の誕生日を祝うとは思っていなかった。そうなん だろう?」 取った手は雑な仕草で振り払われてしまう。左手の袋がガサリと不快な音を立てる。 「そうだけど意味が違ぇ!」 振り払われた手を再び掴み、力ずくでこちらを向かせると、雨竜も観念したの か目を細めて一護を見やる。 無理矢理だろうがなんだろうが、とりあえず話を聞いてくれるならそれでいい。第一 段階は、クリアだ。 「……そうじゃなくて、だな」 流石に教室の中でこの話を続けるのは気が引けて、雨竜の手を引いて比較的人の 少ない廊下の端にまで歩いてから、一護は口を開いた。 「お前が、今日祝ってくれるとは思ってなかった、ってことだ」 例えばケイゴや水色やたつきたちのように。誕生日当日に学校がないときは、前 倒しで金曜日に祝ってくれたりプレゼントをくれたりすることは、確かによくある ことだけれど。 雨竜に関しては、どうしてか一護はそう考えていなかったのだ。――そう、考え ようとしていなかったのだ。 「だから、お前なら当日祝ってくれんじゃねーかとか、当日なら云ってくれん じゃねーかとか……俺の勝手な希望ってか妄想で悪いけどよ」 雨竜は黙りこくっていた。俯いているから、一護には表情がわからない。 「そういうわけだ。変に誤解させたなら謝る。祝ってくれんのはほんと嬉しいし」 怒ってくれたらいいと一護は思う。君は馬鹿か、といつもの調子で云ってくれた らいい。 確かに一護はひとりで勝手に思い込んでいて、自分の希望を無意識に雨竜に押し付けてい たのだから。 「……君は」 「ん?」 彼に逃げる様子はなく、一護が雨竜の手を放すと、力ない呟きが零れる。しか し、雨竜は顔を上げようとしなかった。 「誕生日だとかクリスマスだとか、そういったイベントは家族揃って祝うのだろう?」 「まあ、うちはな」 高校生にもなってそれはどうかと思わないこともないけれど、毎年楽しそうにご 馳走やケーキの準備をしている妹たちを見ていればやはり嬉しさの方が勝るもの で。それを拒否することなど一護にはできるはずもない。 「……って、だから、か?」 雨竜は頷く。 その頬がかすかに赤く染まっているように見えるのは一護の幻覚なのかもしれな いが、とにかく一護にはそう見えた。 同い年の男に可愛いとときめくなんて、と思 わないこともないけれど知ったことかと思う。惚れた欲目だ、どれだけ自重したって そう見えるのだから仕方ないだろう。 「あー……」 それで、わざわざ金曜にケーキだかお菓子だかを作って持って来てくれたわけ だ。高価すぎず、かさばらず、一護の負担にならずかつ心のこもったものを。 なんとも雨竜らしい気の遣いようだと一護は思う。本来なら、一護の中にある 雨竜の位置を思えばもっと我侭を云ってくれてもいいはずなのに。 一護が云うように、誕生日を二人で過ごしたいと、そう考えても決しておかしく はないというのに。 「あのよ、石田」 「なんだ黒崎」 即座に返る言葉は、一護の言葉を待っていたのかそれとも気恥ずかしいのか。 「明日空いてるか」 「……特に、予定はないが」 訝しげな声が返る。それはそうだと一護は思う。だって一護自身でさえも唐突だ と思うほどなのだから。 「じゃあ明日、お前んち泊まりに行くからよろしくな」 なんとか軽めに、いつもと変わらないよう平静を装ってそう告げる。きっと雨竜は 気づいてない。 一護の言葉の意味を図りかねてぐるぐるしている雨竜は、内心必死になっている 一護になど気づくはずもない。 「な、ななななにを急に……!」 「悪いかよ」 「悪いとかそういう問題じゃなくて君、」 「俺がいたいんだよ、お前のとこに」 祝われることは嬉しい。プレゼントをもらうことも、たまに嬉しくないものもある が、ほとんどは嬉しい。おめでとうと、心からの言葉をもらうことも、本当に嬉しい。 だから、思うのだ。 家族や友人たちからのそれとはまた違う、格差などつけようがないけれどそれでも 他の誰とも違う人へ、どうしても望んでしまいたくなることがある。 その人が同じように思っていると知ることができたこの瞬間もまた、なににも代え 難いプレゼントではないのかと、そうは思うのだけれど。 でも自分はそれだけで満足できるはずもなくて、 「な、祝ってくれんだろ、誕生日?」 |