あなただけ見つめてる 




 呼び出すための台詞はいつだって簡潔で。
『何時でもいい。会いたい。』
 ――あなたに伝わるならどんな言葉だって惜しみはしないのに。




『今から休憩に入る』
 受け取ったメールの文面を目にするなり、一護はカバンを掴んで立ち上がった。
 テーブルの上のノート類をしまうというよりかき込んで、トレイに乗った空のカップや 紙屑をゴミ箱に突っ込むと、半ば駆け足で店を飛び出した。
 駅前のファーストフード店からは、歩いて五分とかからない。
 しかし一護は走った。
 本当はそこまでする必要はないのだけど、それでも逢いたいと思うから。
 一護が病院の手前にあるバス停を駆け抜けたそのとき、一護の待ち人はちょうど 空座総合病院の敷地内から出てきたところだった。
「りゅ、……石田先生!」
「早かったな」
「駅前で待ってマシタから」
 促されることもなく、肩を並べて歩き出す。
 どこに行くか、そんなことは一護は知らない。
 ただ、この休憩で彼が遅めの昼食をとるだろうことは察していたので、このまま 向かう先はおそらく行きつけの定食屋かレストランだろうというのは容易に考えられた。
 通常勤務に加えての日常的な残業も顔色ひとつ変えずにそつなくこなすこの若き 院長は、しかしただ病院内にだけ留まっていることがなかった。
 気分転換も兼ねているのだと思う。
 週に何度か、病院内の様子を見て問題ないと判断したうえで彼は休憩と称して 外出することがあるのだと、一護はいつか古株の職員に聞いたことがある。
「……ちゃんと飯、食うようになったんだな」
「食わずにどう生きていけというのだ」
「あんた、放っておいたら何時間だって食べないって聞いたぜ?」
 歩きながらの会話は、当たり障りなく、軽いもので。
 こんな風に彼の隣に立つことができる日が来ることは一護にとっては夢のようだった が、この現実は確かに一護の目の前にいて感情に流されない表情でもって一護に一瞥を 寄越すのだった。
「君はどうして私を待つ」
「好きで待ってて悪いのかよ」
 好きじゃなかったらどうして待つというだろう、この、若くて顔と腕だけは良いけれど 性格についてはいっそ偏屈な冷たいばかりの変わり者の病院長のことなんて。
 それだけはないと、知っているからこそ一護はここにいるのだけれど。
 伝えても伝わりきらない言葉はいつだって一護の胸に渦巻いている。どれだけ口にしても 届かないからただ黙りこくるしかできなくて、そんなときになって彼は一護にどうしたのか とか訊いてくるからタチが悪い。
 とんでもないものにつかまってしまったと、頭を抱えることは決して少なくは なかったけれど。
「……私の知ったことではない」
 ああほら、自分から訊いてきたくせに返してやればそんな風に返すからこの人は 可愛いのだと一護は思う。
 ――蓼食う虫も好き好きってやつだ。
「別にいいさ。俺はあんたが好きだから」
 伝わりきらないのなら、伝えられるまで囁き続けるまでだ。それでも駄目なら 叫んだっていい。
 好きだと愛していると逢いたい、と。
 あなたの名前を呼び続けるだろう。