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難しいことじゃない。 ただ、出逢ってしまった。 それだけだった。 「黒崎さん、黒崎一護さん。診察室へどうぞ!」 名を呼ぶ声に、重い腰を上げる。 もれなく背中を追ってくる多数の視線には慣れたものだ。 だが、それらが鬱陶しいことには変わりない。 母親譲りのこの髪の色が一護は決して嫌いではなかった。 だからこそ、奇異の目で見られることには無性に腹が立つ。 しかも、その場が病院の小児科であったりするのだから、目立つのもなおのことであった。 物珍しげな、非難するような視線を浴びながら、一護は示された診察室に足を踏み入れる。 申し訳程度にかかっているカーテンをくぐると、そこにいたのは若い医師だった。 若いといっても一護より一回り以上は年上だろう。 父親または父の信頼する医者にしかかかったことのない一護にとって、父より年齢が低いと 思われる医者は総じて若いと判断された。 さらに云えばここは滅多に来ない総合病院だ。一護の知らない若い医師がいる ことにはなんら不思議がない。 その医師を見て、まず色素の薄い髪が目に入った。長すぎず短すぎずに切り そろえられた髪。 ノンフレームの薄い眼鏡をかけ、神経質そうな、冷たささえ感じる表情であった 人は、その様子からはとても子どもを相手にする仕事を好きには見えなかった。 おそらくは他の科からの応援だろうと一護は考えた。 そうして彼は、カルテを取り上げながら一護の方に向き直る。 「どうぞ、座ってください。荷物はそこに」 示された台にカバンとジャケットを放り、一護はその医師の前に腰掛けた。 正面から、人形めいたその顔を睨みつけるように見返すと、 「こんにちは、黒崎さん」 あ、笑った。 どうしてか笑わないと思っていたその医者の小さな、本当にささやかな微笑み に、一護は純粋に驚いた。 目を細め、唇の両端を持ち上げる、たったそれだけのこと。 子ども相手だからこその営業スマイルだろうことは否めない。 けれど確かに一護は、一瞬、ほんの一瞬だけれどその人の笑顔に不可思議な衝 撃を受けたのだった。 胸の名札には「石田」とある。彼のことで一護がわかることはたったそれだけだ。 しかしこのとき、一護は密かに心に決めていた。 彼が応援で小児科に来ていようと関係ない。次に診察にくるときも、絶対にこ の人に診てもらおう、と。 けれど一護は知らなかった。 彼がこの総合病院の若き院長などとは、まさか夢にも思っていなかったのである。 |