白き夢の果てに
夢を見た。 それが夢だとわかったのは、そこが全て真っ白な世界だったからだ。 とにかく白、白、白。光も影もないただ白の世界。 斬月のいる一護自身だというあの世界とも、浦原のところの勉強部屋とも、尸魂界 とも違う、どこでもない誰もいない世界。 上も下もなく、立っているのか横になっているのかもわからない。風も吹かなければ、誰 かのいる気配もしない。 自分の息遣いさえわからないなんてそんなの、きっと夢でしかありえない。 だからこそ、ここは夢だと一護は思った。 真っ白な場所なんて想像するだけで頭がおかしくなりそうだったけれど、思っていたよ りもそこは心地がよくて。それはきっと、その白がどこか覚えのあるものだったからだろう。 ここに広がる白は――そう、彼の色によく似ている。 そんなことを考えた直後のことだった。 視界の隅になにが映った気がして振り返ると、そこには男がいた。いつの間に、いつ からそこにいたのかはわからない。ただ、一護から数メートル先だろうところに男は立って いた。 白いスーツに、淡い色の髪、眼鏡をかけた男。一護よりもひと回りかふた回りほど年 上だろうか。若そうに見えるが、その身から滲み出る威圧感は十年二十年で身につくもの ではないようにも思えて。 「……あんた、誰だ」 一護の言葉に、男は表情ひとつ変えなかった。 まるで人形のように、能面のように変わらない表情に一護は心なしか不安になる。 白を纏いながらも、白に埋もれることのない人。 きっと日常でこんな人間を見たらホストかなにかだろうかと目を疑ってしまうよう な格好であるが、不思議なもので彼にはよく似合っていてそれがまた面白いところであった。 「なあ、ここがどこかわかるか?」 男に一歩近付く。床がないのに歩くことができた。 距離感などはないけれど、なんとなく数歩進めば彼の目の前に立てるのだろうという確信 があった。 そうして考えたとおり、一護は男の前に立つ。 男はいくらか上からただ一護を見下ろすだけだ。 「あんた、なにもの――」 「貴様に名乗る名はない」 見上げた男はそれだけを云った。 喋った、と一護は思った。だってもしこれが人形のようなものだったらきっと喋 ることすらなかっただろうから。 けれど一護を一言で拒絶した男は、右手を上げると中指で眼鏡を押し上げる。 手が顔を半分覆ってしまうから、表情が見えづらい。どこかで見た覚えのあるよ うな光景だった。 既視感か、いや、それよりもっと近しいもののはずだ。 覚えのあるその仕草。どうしてか記憶と一分の狂いもないその様に、一護はどう してか惹きつけられると感じていた。 ――あんたは名乗らないんだ。 そうして思わず浮かんだ言葉は、一護自身予想しえなかったもので。 ――あいつは自分から勝手に名乗ってたのにな。 誰、と。一体誰と彼とを比べようとしたというのか。 なぜ重なるのか、誰を 思い出そうというのか、一護にはわからない。どうしてかよく知っているはずの その姿は、ぶれて目の前に立つ男に重なっては消えていく。 なにを云おうというのか口から零れかけた一護の声は、男の鋭利な視線に黙殺 されて四散した。 そうして男は、ただ静かに言葉を唇に乗せる。 「ここはお前の来る場所ではない」 誘うような声、だった。 一護にはそう聴こえた。どう聴いても拒絶の色が強いのに、である。なぜか はわからない。わからない、けれど、 「わからないのか。行けと云っているのだ、黒崎一護」 ――わからないかい、黒崎一護。こう云っているんだ、 あ。 あんた、まさか。 声に出そうとした言葉はやっぱり音にならなかった。 見上げた天井はいつもと変わらないもので、目を凝らせばすぐ近くにあるのに 手を伸ばしても届くことはない。 なんて夢だ。一護は思った。 今見てきたものが夢であることは疑いようがない。なのに あの夢は一体なんなのだ。わけがわからないのに全くといっていいほど夢の内容を 覚えていない。 覚えているのは、ただ、白。一面に広がる白。遠くに目の前にあった、白ばかりだ。 そうして、とんでもないものを見てしまったという感覚。 夢の中で誰かに逢ったような気がする。けれど、それが誰かがわからない。 一護が覚えているのは、ただ白というその色のみだった。 白といえば、一護の中では石田に相当される色であったはずだけれど。 「……いしだ、か?」 いいや違う。夢の中にいたのは石田ではなかった。 一護の中のもうひとつの世界といえば 白い姿をした一護らしいあいつも思い出せるが、今回の夢の中はあんな禍々しいものでは なかった。 石田ではなかったと確かに感じるけれど、考えてみれば石田に近いものを感じたような 気はする。それがなぜかなど、目覚めた一護にはどうしたってわからなかったけれど。 ――ただ、予感がした。 この夢を見たことにはきっと意味があるのだと。 いつかはわからないけれど、この先一護は、いつか誰かに出逢うのだろう。 夢のように、ただ白を思える近くて遠い誰かが、一護の前に現れるのだろう。 |