君の名は 




どういう経緯でそこに至ったのかは覚えていないが、いつの間にか子どもになんと呼ばれ るか、という話題になっていたときのことだった。

「名前で、って……雨竜くんにか?」
「貴様がその名を呼ぶな」

いや別にいいじゃねぇか、石田の息子の石田くんだなんて呼んだらわかりにくくって仕 方がない。
だがまあ、

「息子が名前で、ねぇ……。まあお前らしいっちゃお前らしいか」

別に雨竜くんだって悪い子じゃないし、呼び捨てにされる(多分昔からというわけでは ないのだろうが)のはこの親子の心がほんの少しすれ違っているだけの問題だろう。
その問題こそがこいつらにとっては最も重く深いものなのだろうけれど、考え ようによってはそんなところも石田らしい。
素直じゃないからな、こいつは。
そしてその性質はよく似た息子にそっくり遺伝しているらしい。

「別にどうといこともないだろう。なんと呼ばれようと、あれと私が血縁であると いう事実に変わりはない」

ああ、と思う。
だから素直じゃないんだ、こいつは。

「お前ね、そういうことは本人の目の前で云ってやれよ」
「……?」

そりゃこの表情にこの言葉のままじゃ反発されることは必至だろうが。
けれど、考えてみれば一目瞭然だ。
呼び名などに左右されず、自分たちの関係は存在するのだというこいつの言葉は、つまり。

「どんな形でも、俺はお前の親だからなって云ってやりゃあいいんだろうが」

考えが伝わらないのなら、思っていることだけでも伝えていけばいい。
最初こそは上辺と先入観に気を取られてすれ違うだろうことは否めないが、頭の いいこいつらのことだから、繰り返していけばいつかはきっとわかるはずだ。
憎しみや現実に隠れてしまった本当の想いが、この親子の間には確かに存在するのだから。

「あれは私と親子だということを疎んでいる」

石田はいつもと変わらない表情でぽつりと呟く。

「拗ねんなよ。――いや、強がってんのか」
「ふざけたことを」

そう、いつもと同じなのにどうしてか可愛いと思うのは、きっと自分だけ なのだろうけれど、それを嬉しいと思う自分が確かにいるのだからまったく手 に負えない。

「好きだぜ、石田」

石田は怒りもしなければにこりともしやがらなかった。
けれども、そんな小憎たらしいところが確かに石田であって、だけどそれでも 石田を可愛いと思う自分は既に末期なのだろう。

「……ふざけたことを」

ここで竜弦と名を呼んで抱き締めでもしたら、この鉄仮面みたいな顔か ら表情らしきものを覗き見ることができるだろうか。
けれどそれをしたら間違いなく無表情で手か足が出ることは必至だから、石田の 意識がこちらを向いている間は大人しくしていようと思う。
石田は無関心そうなふりをして周囲の全てに気を向けているから、隙をつくのは至 難の技ではあるけれど、そこはそれ、長年の付き合いだからなんとでもなるわけで。

抱き締めたら、名前を呼んでやろう。
彼の息子が彼を呼んだというその名を、けれどまったく違う音で。