僕が君ならば 

本編236・237話あたりのあれこれ
あの要求を突きつけられたのが雨竜だったら…?
織姫⇔雨竜入れ替えネタ



 選択肢はイエスかノー。
 イエスならば、自らの身を捧げ仲間たちの窮地を救う。
 ノーならば、全てが死ぬ。

 極限まで研ぎ澄まされた空気の中で、雨竜はただ頷くことしかできなかった。



猶予は12時間。
その間、別れを告げに行くことを許されるのはひとりだけ。
誰かと会話をすることはできない。誰かに姿をみせることはできない。けれど別れを告 げることだけは、たったひとりならば許してやると、破面の男――ウルキオラはそう 云った。
しかし解放された雨竜は自室の壁にもたれ膝を抱えていた。
左手には冷たいブレスレット。右手にある十字とは意味も重みも違うそれは、ウルキ オラから与えられたものだ。これにより、雨竜の行動の全てを破面は把握すること ができるのだという。
だから逃げることは叶わない。
けれど、例えそれがなかったとしても、雨竜は誰の元へも向かう気はなかった。
こちらの行動を捕捉されている以上、誰かの元を訪れることにより破面に余計な情報 を与えたくないと、まず考えた。こうして自室に閉じこもって時間をやりすご せば、破面たちはこれ以上こちら側のことを知りようがなくなる。
雨竜が誰かの元へ向かったとて、破面は無関心かもしれない。けれど逆に、もしか したら雨竜が別れを告げた誰かにさらなる危険が及ぶ可能性も多くあるのだ。
雨竜がイエスと答えれば、そのとき戦闘中だった死神たちからは手を引くとウルキ オラは云った。けれどそのあと、雨竜が奴らの手に落ちたのちにも手を出さないと は一言も云われていないのだ。
――そう、わかっていた。
本来ならば、命を投げ打ってでも首を縦に振ってはならなかったのだということ。ど うしたってこちらには不利だった。相手は強い。自分がひとりで戦っても勝ち目がな いことは一目でわかったし、ウルキオラが見せた現状では死神たちの分が悪かった。
頷けば、現在起きている戦闘だけは終わる。けれど、今後にどうなるかは全くわ からない。頷かなければ、雨竜はここで死に、戦闘も続けられる。死神たちは負け るかもしれないし、勝つかもしれない。
一歩先を見るのなら、自分が頷くことで死神たちが救われるのだからそれでいい と思えるのかもしれない。けれどさらにその先を見ると、頷くことにより戦渦が 拡大することは避けて通れないだろう。
頷いてはならなかった。戦うものたちを信じるのならば、自分の命に代えても頷 くべきではなかった。
しかし雨竜は頷いた。
理由など単純なものだ。だって死んだら二度と黒崎に逢えない。
死神たちの命を秤にかけられ二者択一の選択を強いられたそのとき、雨竜の脳裏に 浮かんだのはそれだった。リスクも、仲間たちやこの地をさらなる危険にさらす可 能性も大いに考えられる。自分があそこで死んだ方がきっとよかったのだろうと 確信している。
なのに。
そのとき響いたのは黒崎の声だった。呼ばれたわけではない。ただ、黒埼の声を 思い出した。いつもの、彼の声を。
あそこで死を選んだら、黒崎は自分を許さないだろうと思った。そして命を守るた めに敵の手に落ちることを、黒崎は否定しないと思った。
真相が知れたとき、死することよりも生きることを望んだという事実こそを、きっと 黒崎は認めると、思った。
そしてなにより、黒崎に逢いたいと思った。
どんな形であっても――例え次に逢ったときには再び殺しあうことになるとしても。
だからあのイエスかノーかの提示に頷いた。
自分が死なないために、黒崎が死なないために、そして、もう一度黒崎にまみえる ために。
だからこそ雨竜は今、黒崎には逢えない。誰にも、逢うことはできない。
いつかの未来のために今を我慢することなどばかげていると思う。
けれどこの先、もしかしたらまたいつものように笑いあえる日が来るかもしれない のだから。
自分はまだ諦めてはいない。敵の手に落ちたからといって、囚われの姫を気取る気 はない。それになにより、黒崎も諦めることはないだろう。

だから、今は会えない。

雨竜は膝を抱きこんだ。
そうしなければ、今にも走り出してしまいそうだった。
物言わぬ冷たい月が、雨竜を見下ろしていた。


(…………たい)


会ってはならない。


(……あいたい)


君に、僕は、


(あいたいよ、くろさき)
















刻限は、きた。










さようなら、黒崎。
僕らの未来をよろしく。
だからといって勘違いをするな。
僕は未来を――諦めない。




雨竜だったら絶対に
逢いに行かないよねって話