「もう、行ってしまうんですか?」 月明かりの眩しい夜。 彼は月を背に、僕を呼ぶ。 僕は足を止めて振り返るけれど、彼の表情は見えない。 意地悪な月は、僕から彼を隠してしまっていた。 僕からは、彼は影にしか見えない。 「ああ」 「……明日にすればいいのに」 「騒がしいのは好きじゃないんだ。知っているだろう?」 彼は頷く。 何が云いたいのか、わかってる。 何を云って欲しいのか、わかってる。 けれど、僕がそれに応えることはできない。 「俺……あなたが好きです」 何度も聴いた台詞。 何度聴いても、聴き飽くことのない台詞。 「知ってる」 「ずっと、あなたが好きです」 きっと彼は今、縋るような瞳をしているのだろう。 手を伸ばして何歩か歩けば、触れることができるのに。 だけど、僕は。 「あなたは、あなたのいるべき場所に戻らなければならないんだよ」 はっと、彼の影が揺れる。 わかっているんでしょう? 僕とあなたの道は、決して交わることがないのだということを。 「僕は、あなたなんか好きじゃない」 「!」 「気づかなかった? 最初からそうだったんだよ まさか守護聖様が僕のような一般人にここまで傾倒するとは思わなかったけどね。 退屈な聖地で、思いがけず楽しませてもらったことには感謝しますよ」 風のない夜。 空には、煌々と輝く月。 美しい聖地。 あなたの、いるべき場所。 僕のいるべき場所は、ここではないから。 両手をいっぱいに広げても抱えきれないくらいのたくさんの星々。 そこに、僕らふたりの居場所はない。 だけど、嘘で蓋をしても、覆い隠せることができない想いがある。 「……何か云うことはないの?」 どうしてそんなことを訊いているのか、自分でもわからない。 ただ最後にもう一度だけ、彼の声が聞きたかった。 それだけだった。 「――それでも俺は、あなたが好きです」 「何、云ってるの? 僕の云ったこと、わかってる?」 「わかってます」 彼は真っ直ぐに僕を見る。 例え目を閉じていても。 顔が見えなかったとしても感じる、強い視線。 「なにそれ」 何がわかるっていうんだろう。 誰とでも、何も云わずに心が通じる、とか。 そんなことを信じているわけでもないでしょう? 「だって」 強い語調。 「……だったらどうして、あんな泣きそうな顔をしてたんですか?」 どうして。 「え……?」 どうして僕は泣きたくなったの。 どうしてあなたは気づいたの。 「どう、して?」 「だって泣いてるのに」 信じられなくて、僕は自分の頬に触れた。 体温が低くていつも冷たい自分の手だけれど、今は凍っているように感じた。 いや、もしかしたら頬が熱かったからそう感じただけかもしれないけれど。 凍える指先が、頬よりもっと熱いもので濡れる。 気づかないうちに、零れる涙。 透明な、涙。 覆いきれない、これがきっと僕の本心。 僕が望むもの。 「ずっと一緒に居られるわけがないことなんて、最初からわかっていたでしょう?」 「はい」 「それでも僕が好きだって?」 「はい」 「どうして僕が泣いてるってわかったの?」 いきなり話題が変わって、動揺したのがわかる。 「…………だって、泣いてるじゃないですか」 「だから、どうして――」 云いかけ、僕ははっとした。 そうか。 当たり前のことなんだ。 僕からは彼の顔は逆光で見えなかったけれど。 彼からは僕の顔が月明かりの下ではっきりと見えていたんだから。 何だかわけがわからなくなってきた。 無性に笑いたくなって。 腹の底から笑いが込み上げてきて。 僕はひとしきり笑った。 彼は驚いていたようだけど、そんなことは構わない。 もう、どうでもよくなってきた。 あなたには僕が見えたんだ。 それだけで、他にはもう何もいらない。 そんな気がする。 「……それじゃ、僕は行くよ」 「はい」 「さよなら」 僕は、ゆっくりと踵を返した。 馴染みかけた聖地に背を向けた。 「――俺のこと、忘れないでくださいね」 心地の良いあなたの声。 「さあ、どうかな」 意地の悪い僕の声。 「絶対絶対、忘れないでくださいね!」 ごく小さな声で、その答を呟いたけれど。 あなたにはきっと、聞こえなかったのだろうね。 いつか、この熱が冷めたとしても きっと、あなたを想ったことを忘れはしないだろうから あなたを想っていた僕を 思い出して懐かしがってくれとは云わない いつも考えていて欲しいとは思わない ただ 忘れないでください それだけを願うから 願いは、たったひとつだけ クリスマスだってんでもうひとつ。 いきなりランセイ。 ずっと前に書いて、いつ出そうかとやきもきしていた話。 いきなり思いついて一気に書いた。 思い入れだけは十二分です。 |